ノンテクニカルサマリー

大災害とリスク認識:タイ洪水を事例として

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第三期:2011~2015年度)
「大災害からの復興と保険メカニズム構築に関する実証研究―日本の震災とタイの洪水を事例として―」プロジェクト

本稿の目的は、過去の被災経験の有無が人々の災害に対する認識に影響を及ぼすのか、実証的に検証することである。特に、被災の危険性を確率的に評価できるか否かを区別し、(1)従来、「想定外」であった災害を経験することで、今後の危険性を確率的に評価できるようになるのか、また、(2)確率的に評価できる場合には、評価のバラツキの大小が被災経験の有無に依存するのか、の2点に焦点を当てる。定量的に分析するために、2011年のタイ大洪水を事例とし、タイに投資している日系企業を中心にして、直接・間接に被災した企業、被災しなかった企業の双方を含んだ独自のアンケート調査を実施した(回答社数:314社)。

分析の結果、直接的被害のあった企業の方が、直接的被害のなかった企業と比べて、被災の危険性をより確率的に評価できる傾向にあることが分かった。しかしながら、確率的評価自体は、被災経験に関わらず、企業間で大きなバラツキがあることが明らかになった(図1・2)。したがって、直接被災の経験により、「想定外」と考える企業が減る傾向にあるものの、「想定内」の災害の危険度の定量的評価について、合意を得ることが難しいことが分かった。

これらの結果から、企業や人々が自主的に防災に取り組む場合、取り組みの広さや深さの程度に大きな差が出てくることが予想される。また、特定の災害のみを対象にした災害保険への自主的な加入の促進が困難であることとも整合的である。したがって、防災への取り組みや保険を含めた金融的な予防措置を促進し、壊滅的な被害を受ける企業や人々を出さないようにするには、防災や災害保険に対する公的セクターによる直接的介入が必要であることが示唆される。ただし、より具体的な方策の策定には、今後さらなる研究とエビデンスの蓄積が必要である。

図1:現拠点勤務中に2011年クラスの大洪水が起きる確率
図1:現拠点勤務中に2011年クラスの大洪水が起きる確率
図2:今後50年間に2011年クラスの大洪水が起きる確率
図2:今後50年間に2011年クラスの大洪水が起きる確率