ノンテクニカルサマリー

初職がその後の人生やメンタルヘルスに及ぼす影響

執筆者 小塩 隆士 (一橋大学)/稲垣 誠一 (東京工業大学)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

日本では、いったん非正規になるとそこからなかなか抜け出せず、不安定な就業・所得状況が継続することがよく知られている。この論文では、学校や大学を卒業した直後の就業状態(初職)の違いがその後の人生にどのような影響を及ぼすかを検討している。具体的には、全国レベルのインターネット調査(男性3117名、女性2818名,30~60歳)の個票データに基づき、初職が現在の就業、世帯所得などの社会経済的状態や婚姻状態、メンタルヘルスに及ぼす影響を分析している。

本稿での分析によれば、初職が正規雇用以外であれば、現在の就業状態が正規雇用以外になりやすいほか、所得も低くなり、未婚にとどまり、心理的ストレスを感じる度合いも高くなる傾向がある(表参照)。初職と現在の就業状態との関連については、横浜国立大学の近藤絢子准教授がすでに明らかにしているが、初職の影響はそれ以外にも及んでいることが本稿で確かめられた。なお、表の中でK6スコアというのは、抑うつの度合いを示す指標であり、0から24の値をとる(高いほど望ましくない)。日本人の場合、この値が5以上になると心理的ストレスを抱えていると評価される。

ただし、本稿では、専業主婦や主婦パートも非正規雇用と一緒に、正規以外として一括りにしているので、初所得と現在の就業形態との関係は女性ではあまり明確でない。おそらくそれと同じような理由で、初職が非正規であれば現在の本人所得が低めになるという関係も、男性だけに認められる。

さらに、とりわけ男性の場合、初職がメンタルヘルスに及ぼす影響は、足元の社会経済的状態や婚姻状態によって完全には媒介されず、かなり直接的に作用していることも明らかになった。初職が正規以外だと、現時点においてK6スコアが高めになり、心理的ストレスを抱えていると判断される確率も高くなる。そして、その関係は、現在の就業状態や所得、婚姻状態などの影響を取り除いても、統計的に意味のある形で残る。つまり、初職でつまずくことは、それ自体が人生の失敗として受け止められ、心の傷としてその後のメンタルヘルスを大きく左右し続けるようである。ただし、この状況は、女性よりも男性において顕著であることも分かる。それだけ、男性のライフスタイルが直線的であり、そこから外れると巻き返しが効かないと認識されやすいということかもしれない。

本稿の分析は、正規・非正規問題に新たな視点を投げかけるものである。日本の雇用システムが、いったん非正規になっても容易に正規に転じることができ、また、非正規でも処遇や賃金、セーフティ・ネットの面で不利にならなければ、初職がここまでその後の人生を左右することはなかったであろう。非正規雇用者が正規雇用者に比べて、メンタルヘルス面で多くの問題を抱えていることは広く知られている。非正規雇用者の比率が4割近くになり、しかも、いったん非正規になるとそこから抜け出せない状況は、世の中全体が陰鬱になってしまうことを意味する。新卒採用を含めた雇用システムの見直し、そして雇用構造の変化に応じたセーフティ・ネットの改革が必要であろう。

表:初職が正規以外であれば、その後の人生にどのような影響が出るか
男性女性
現職が正規雇用以外になる確率0.518***
(0.123)b
-0.121
(0.197)
本人所得(百万円)-3.37***
(0.46)
0.04
(0.38)
未婚確率0.573***
(0.078)
0.532**
(0.076)
K6 スコア(0~24)7.87***
(0.79)
8.57***
(0.42)
心理的ストレス(K6 ≥ 5) がある確率0.465***
(0.080)
0.550***
(0.073)
(注)( )内の数字は標準誤差。***p < 0.001, **p < 0.01, *p < 0.05
(出所)論文 Table 4。