ノンテクニカルサマリー

隠れたカリキュラムと社会的選好

執筆者 伊藤 高弘 (神戸大学)
窪田 康平 (山形大学)
大竹 文雄 (大阪大学)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

ある国の人々が競争政策や所得再分配政策をどの程度支持するかは、実際の国の政策のあり方に大きく影響する。そのような政策への支持は、その国の経済的な状況に依存すると同時に、文化にも影響を受ける。では、そうした文化がどのように伝達されてきたのだろうか。家族を通じた垂直的な伝達経路に加えて、近隣、友人、学校を通じた水平的な文化伝達も存在する。なかでも学校を通じた文化伝達は重要である。しかし、学校を通じた文化伝達のうち学習指導要領で定められているカリキュラムは、日本の場合、地域差が存在しない。その意味では、正式なカリキュラムの違いが、人々の社会的な選好にどのような影響を与えているかを実証的に明らかにすることは日本では難しい。

しかし、学校教育の中での文化伝達は、学習指導要領によって規定されたもの以外にも存在する。たとえば、グループ学習の重視、二宮尊徳像の有無、運動会における徒競走の有無などは、学校ごと、地域ごとに大きな差があることを、私たちはインターネットを用いた独自アンケート調査から発見した。そこで、学習指導要領には規定されていないカリキュラム(隠れたカリキュラム)の違いが、生徒のその後の選好形成に与える影響について横断面のデータを用いて実証的に分析することが可能になった。

実証分析の結果、隠れたカリキュラムは、生徒の社会的な選好の形成とも関連していることが示された。特に、参加・協力学習を経験したものは、利他性と互恵性が高くなり、他人への協力を好み、国に対する誇りをもつようになる。これに対し、反競争的な教育慣行の影響を受けている人は、これらの選好をもつ可能性が少なくなっている。また、利他性や互恵性といった社会的な選好だけではなく、再分配制度や競争政策に対する支持にも隠れたカリキュラムは影響を与えている。

推定結果の頑健性についても検討した結果、欠落変数バイアスや逆の因果関係の可能性は小さいと判断できる。本研究の結果は、早い段階での社会化の場所としての初等教育は、社会的選好の形成を担う役割を果たしていることを意味している。利他性や互恵性は、ソーシャルキャピタルのレベルを決めるものであり、ソーシャルキャピタルが蓄積されると、経済的な取引にもプラスの影響が考えられる。また、所得再分配や競争政策への支持は、日本の経済的な政策決定を左右するものである。特に、競争政策や再分配政策への支持が、初等教育における隠れたカリキュラムからも影響を受ける可能性があるという本論文の結果は政策的に重要である。

図1:参加・協力型学習の強さに関する都道府県別特性
図1:参加・協力型学習の強さに関する都道府県別特性