ノンテクニカルサマリー

慢性的なデフレと金融政策のレジーム・チェンジ:長期的流動性の罠の下での政策オプション

執筆者 藤原 一平 (客員研究員)
中園 善行 (横浜市立大学)
上田 晃三 (早稲田大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

わが国経済は、約20年にわたり慢性的なデフレに直面してきた。こうした中、2012年末以降のいわゆるアベノミクスと呼ばれる景気刺激策は、これまでのところ、主に金融市場を中心に日本経済に大きな影響を与えてきたように窺われる。

本論文では、そのうちの第一の矢と呼ばれる拡張的金融政策に注目し、第一の矢が、期待の管理を通じて、金融政策スタンスに対する市場の認識をどのように変化させてきたかの評価を試みる。サージェント(1982)などの標準的な経済理論に従うと、慢性的なデフレを終焉させるには、期待の抜本的な変化をもたらす、大胆な政策レジーム・チェンジが必要となる。また、名目金利が実質ゼロに張り付いた状況では、エガートソン・ウッドフォード(2003)の理論などによれば、単なる通貨供給量の増加ではなく、将来の金融緩和についてコミットするフォワード・ガイダンスが有効であることが知られている。従って、第一の矢の成否は、それがフォワード・ガイダンスの強化であると、市場の認識を抜本的に変化させたのかにかかっている。

本稿では、市場参加者に将来の金利とインフレ率についての予想をサーベイしたQSSの個票データを用いて、アベノミクス前後における、市場の金融政策についての認識の変化を分析する。分析によると、第1に、市場のインフレ期待は、アベノミクス後もほとんど変化していないことがわかった。今後10年間の平均インフレ率について、回答者の予想の分布変化を示した図1によると、その中位値は1%からほとんど上昇していない(注1)。

図1:今後10年間の期待インフレ率
図1:今後10年間の期待インフレ率
図2:今後2年間の期待インフレ率(横軸)と2年物金利の3か月後予測(縦軸)
図2:今後2年間の期待インフレ率(横軸)と2年物金利の3か月後予測(縦軸)
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第2に、2000年代半ばより、インフレに対する中央銀行の反応が小さくなっていたと市場に認識されていることがわかった。図2は、期間を分けて、今後2年のインフレ期待を横軸に、2年物金利の3カ月後予想を縦軸に、市場の回答を散布図として図示したものであり、インフレに対する中央銀行の反応の強さはその傾きとして表される。図中で傾きが低下してきていることは、アベノミクス以前から、いわゆるフォワード・ガイダンスと呼ばれる、将来への緩和的金融政策へのコミットメントが、かなり強められていたことを示唆している。しかし、一方で、これまでに強められてきたフォワード・ガイダンスによって、長期金利さえも非常に低いレベルに到達し、傾きはゼロに近づいている。すなわち、長期金利も、流動性の罠に直面する可能性があるような「長期的流動性の罠」とも呼ぶことのできる状況に近づきつつある。結果として、金融政策スタンスに対する市場の認識は、アベノミクス前後でも、大きく変化することはなかった。

推定された政策レジーム変化の度合いは、エガートソン(2008)がインフレ期待を大きく変更するのに必要なものと定義した「サージェントの政策レジーム変化基準」に照らしてみると、これをクリアできるほど、劇的なものではなかったと判断される。この結果は、「長期的流動性の罠」の下では、理論的にみて、市場の期待を大きく変化させるには、どのような政策が効果的なものとして中央銀行に残されているのか、といった難題の存在を示唆している。

脚注

  1. ^ 中位値は、インフレ期待のデータを高い方から順に並べたとき中央に位置する値。上位%分位点は、上からある%の位置にある値を指す。