ノンテクニカルサマリー

心理指標と消費者マインドはどのように関係しているか?

執筆者 関沢 洋一 (上席研究員)
吉武 尚美 (お茶の水女子大学)
後藤 康雄 (上席研究員)
研究プロジェクト 人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究」プロジェクト

近年の研究によって、人々の感情や心理的特性が物事の解釈や意思決定に影響をおよぼすことが明らかになっている。人々が物事を解釈したり何らかの判断をするに当たって、必ずしも、諸般の状況を合理的に分析して解釈したり判断するのではなく、その時点の感情や、抑うつ度(うつっぽさ)・特性不安(ふだんの不安の程度)といった心理的特性によって、いわばメガネをかけているか否かの違いのように、物事の見え方が変わってくることが心理学や精神医学によって明らかにされている。

代表的な研究として、ジョンソンとトゥヴェルスキーは、人々が悲しい気持ちに誘導されると、その気持ちに誘導した原因と関係ない出来事についても、望ましくない出来事が生じる頻度を高く見積もる傾向があることを明らかにした。たとえば、白血病で亡くなった人についてのニュースを読んだ被験者は、白血病に関連するガンなどの病気の起きる頻度を高く見積もるだけでなく、白血病と関連しない戦争やテロリズムの起きる頻度までも高く見積もった(Johnson and Tversky, 1983)。

経済学では伝統的に人々の合理性を仮定することが多かったが、経済活動が他の活動と同じく人間の営みであることを踏まえれば、上記の心理学の研究が示唆するように、経済に関する人々の意思決定が感情や心理的特性に影響されるという仮説が生じる。たとえば、長嶋茂雄氏と松井秀喜氏が国民栄誉賞を授与されることによって人々の気持ちが明るくなれば、人々の財布の紐が緩むという仮説である(このDPの本文の冒頭を参照のこと)。

経済活動が人間の心理に影響されているかどうかを検証するため、我々は、経済活動に関する指標のうちアンケート調査で把握することが可能で、かつ、心理的特性との関係を把握しやすいものとして、消費者マインドを選んで研究を行った。消費者マインドを示す代表的な指標である消費者態度指数は、4つの質問への回答を指数化したものであり、内閣府が毎月行っている消費動向調査で発表されている。消費者態度指数は、短期的なGDPの動きや耐久消費財の消費などに先行していることが先行研究で示されている(Utaka, 2003; 内閣府, 2005)。

調査の概要と結果

今回の研究はインターネットを使ったアンケート調査に基づくもので、この調査は、6405名に対するクロスセクショナルデータ(1回限りの調査)によるものと、469名に対するパネルデータ(1カ月おきに3回に渡って、同じ質問を同じ人に尋ねるもの)に分かれている。

クロスセクショナルデータによる重回帰分析においては、抑うつ度(うつっぽさ)が低いほど、生活満足度が高いほど、楽観度が高いほど、人を信じる程度が強いほど、肯定的感情が強いほど、否定的感情が弱いほど、消費者マインドは改善することがわかった。図1では、生活満足度と楽観度と対人信頼度と肯定的感情のそれぞれについて、得点の差に応じて高中低の3群に分けて、消費者態度指数との関係を示している。この図からわかるように、これらの心理指標の得点が高い群では、消費者態度指数も高い。図2では、抑うつ度と否定的感情について、同様の結果を示している。抑うつ度や否定的感情の得点が高い群では、消費者態度指数が低いことがわかる。

パネルデータ分析においては、生活満足度が高いほど、楽観度が高いほど、人を信じる程度が強いほど、肯定的感情が強いほど、否定的感情が弱いほど、消費者マインドは改善することがわかった。抑うつ度の変化は、直接的には消費者マインドの変化に結びつかないが、抑うつ度が変化すると生活満足度・楽観度・肯定的感情・否定的感情が変化するため、これらの指標の変化を通じて、抑うつ度が消費者マインドの変化に結びつく可能性が示された。

図1:心理指標と消費者態度指数の関係1
図1:心理指標と消費者態度指数の関係1
図2:心理指標と消費者態度指数の関係2
図2:心理指標と消費者態度指数の関係2

政策へのインプリケーション

本研究の政策的インプリケーションとして、臨床心理学や精神医学などで使われている取り組みを大規模に活用することによって、心理指標の改善を通じて消費者マインドを改善し、それを通じて消費支出を拡大する可能性を示したことがある。内閣府(2005)では、1990年代後半から2004年第1四半期までの消費者態度指数の1ポイントの増加は消費支出0.26%の増加と関係していると指摘されている。仮に消費者態度指数(消費者マインド)から消費支出への因果関係があるとすれば、薬を使わない心の病気の代表的な治療法である認知行動療法を取り入れたコーチングなどの心理的取り組みが消費者態度指数の改善につながり、それが消費支出の拡大をもたらす可能性がある。コーチング的な認知行動療法などの心理的取り組みの普及は、軽いうつ病の症状改善や心の病気の予防などの観点から推進されるべきものであるが、本研究の結果は、消費支出の拡大という観点からも、このような普及策が正当化されることを示唆している。