ノンテクニカルサマリー

不当廉売規制の残された課題

執筆者 川濵 昇 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト グローバル化・イノベーションと競争政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバル化・イノベーションと競争政策」プロジェクト

不当廉売規制は競争法上の重要問題であったが、近時は市場支配力の形成等をもたらし得る低価格販売は滅多に起こらないという先入観を前提に、正常な価格競争を誤って不当とすることがないように、費用をベースに規制要件を厳格にする方向での基準作りがなされてきた。そのような費用をベースにした規制要件の代表的なものとしては、価格設定と平均可変費用との関係により違法性を判断しようとするAreeda & Turner基準がある。Areeda & Turner基準の1つである平均可変費用未満である場合はその態様の不当性が一応認められるという考え方は、我が国の公取委が平成21年に改訂・公表した「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」でも準拠している。他方、Areeda & Turnerは、平均可変費用を超えた価格設定は適法とされるべきであると提唱したが、このルールについての各国の立場は、別れている。アメリカでは、多くの連邦高等裁判所で、これに依拠した基準が採用された。しかしながら、EUでは、平均可変費用を超えた価格設定でも、平均総費用未満であれば、追加的条件で不当な場合もあるという修正バージョンが、AKZO事件判決および排除型市場支配的地位乱用のガイダンスで採用された。

最近になって不当廉売によって市場支配力の維持等がもたらされたのではないかと覚しき事件が登場してきた。たとえば規制緩和後の航空市場や民営化された郵便事業で、既存の市場支配的事業者が低価格販売を行い、新規参入企業を市場から撤退させ、事後に高価格に戻すという事例が各国で出現した。また、ソフトウェアなどのデジタル産業のように研究開発投資や固定費用は多額だが、可変費用が極端に低い産業でも、平均可変費用等を基準としたのでは規制できない領域があるのではないかという疑問が生じた。それらについて従来の枠組みでは規制基準が不明確なままであった。

また、経済学の世界においても、1980年代初めまでには、利潤を犠牲にして低価格設定を行っても、事後にその犠牲を超えた利益を得られる見込みはほとんどないという、いわゆるシカゴ学派の略奪的廉売規制への批判の影響が顕著であった。しかし、1980年代初め頃から、情報の不完全性を考慮に入れることにより、合理的な戦略として略奪的価格設定が成功し得ることを明らかにする、様々な理論が提唱されるようになった。

本研究は従来の枠組みの理論的前提を明らかにすることによって、これまで不明だった領域に明確な基準を提示するものである。また、最近増加しつつあり、しかしその規制基準が国際的に分かれている、バンドル販売や各種非線形料金など、典型的な不当廉売ではない価格政策を利用した排除行為の規制基準を考察するための前提作業を行うものでもある。