ノンテクニカルサマリー

日本の自動車輸出価格への為替相場のパススルーとマーケットパワー

執筆者 佐々木 百合 (明治学院大学)
研究プロジェクト 為替レートのパススルーに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「為替レートのパススルーに関する研究」プロジェクト

グローバルインバランスが大きくなるなかで、経常収支の調整機能が改めて注目されている。経常収支調整機能が働くかどうかは、輸出入価格の価格弾力性の大きさとともに、為替相場が価格にパススルーされるかどうかにかかっている。本稿では、日本の輸出品への為替相場のパススルーの特徴を調べるために、日本の自動車産業をとりあげて分析している。自動車は日本の輸出の1割以上を占める代表的な輸出品であり、部品を除けば種類は限られているため、分析対象に適しているということで、これまでもパススルー研究でたびたび取り上げられてきている。本稿では、日本の自動車の輸出価格に為替相場がどのような影響を与えているかを国別、自動車のサイズ別、期間別に分析し、特徴を整理する。また、RIETIプロジェクトで行った自動車産業へのインタビュー結果より、マーケットパワーがパススルーに大きな影響を与えている可能性が示されたので、マーケットに関するインデックスを作成し、パススルーとの関係について分析する。

主な結論は、日本の自動車の輸出価格に為替相場がどのような影響を与えているかを国別、自動車のサイズ別、期間別に分析したところ、サイズ別にくらべて、国別の特徴が有意に異なることがわかったことである。つまり、為替相場の変化が乗用車の価格に与える影響は、乗用車が大型か小型か、によってではなく、輸出先国によって特徴づけられているということである。これは、先進国に対しては、輸入価格に為替相場の変化を上乗せするのが難しく(輸入価格へのパススルーが小さい)、発展途上国に対しては比較的上乗せしやすい(輸入価格へのパススルーが大きい)ということを示している。また、期間別分析では、近年、輸入価格へのパススルーが低下してきていることが確認され、これは従来の論文とほぼ同じ方向での結果である。

表:為替相場が輸出価格に与える影響:先進国への輸出価格は為替相場とともに変化し、輸入価格が大きく変化しないように設定されていることがわかる。
表:為替相場が輸出価格に与える影響
(注)数値が大きい方が、為替相場が変化したときに輸出価格が大きく影響を受けていることを示している。
論文中のCampa and Goldberg型分析(パネル分析に国別サイズ別ダミーを加えたもの)の結果の一部。

本稿ではさらに、RIETIプロジェクトで行った自動車産業へのインタビュー結果より、マーケットパワーがパススルーに大きな影響を与えている可能性が示されたので、マーケットに関するインデックスを作成し、パススルーとの関係について分析した。さまざまなマーケット指標を作成したが、結果としては、発展途上国にくらべて先進国では輸入価格へのパススルーは大きくしにくい、という関係がみられた。これは、先進国のほうが競争が激しく、マーケットパワーを使えない、あるいは、為替相場の変化を輸入価格にパススルーするのは難しい、ということを示している。

以上の結果から、為替相場の変化を価格に反映させられるかどうかは、輸出先が先進国か、発展途上国か、ということに左右されているといえる。輸出先が先進国であるときには市場は競争的で、為替の変化を反映させにくく、輸出先が発展途上国であるときには比較的自由に価格を変化させることができる。ただし、近年は、いずれの市場においても価格が反映される度合いは小さくなってきている。為替相場の経常収支の調整機能は先進国では働きにくく、近年全体的に働かなくなってきている、と解釈することができるだろう。

ただし、本稿では、第1に、現地生産の増加による影響を考慮していない。第2に、合弁会社の所属国については、既存のデータ集の分類にすべて頼っている。これらの点についてより深く考慮することで、分析がより現実的なものになることが期待されるので、今後の課題としたい。