ノンテクニカルサマリー

試論:クール・ジャパンと通商政策

執筆者 三原 龍太郎 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 現代国際通商システムの総合的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「現代国際通商システムの総合的研究」プロジェクト

1.はじめに

クール・ジャパン政策の中で実施されている輸出振興政策(クール・ジャパン輸出振興政策)を「日本のクリエイティブ産業に関するビジネスプロジェクトの海外展開を政府が資金的支援を中心とした政策的支援を行うことを通じて後押しする行為」ととらえ、今後我が国がこの輸出振興政策を推進する際に直面すると予想される通商政策関連の論点を整理する。

2.クール・ジャパン輸出振興政策について

(1)背景・定義
ダグラス・マッグレイの論文「Japan's Gross National Cool」で「経済大国」から「文化大国」へ、という発想のパラダイムシフトが起きる。以降、「クール・ジャパン(政策)」として「文化大国化」に向けた取り組みが進む。2011年7月1日に経済産業省にクリエイティブ産業課(正式名称:生活文化創造産業課)が設立され、クール・ジャパン政策が統括的に実施されることとなった。クール・ジャパン輸出振興政策の支援対象となるクリエイティブ産業のコアは「ファッション、食、コンテンツ、地域産品、すまい、観光、広告、アート、デザイン」の9分野で、これは「日本のライフルタイル・価値観」を体現している産業である。

(2)目的
主たる目的は、海外市場シェアの獲得(「大きく稼ぐ」)。従たる目的は、日本のライフスタイル・価値観の世界への浸透。前者は、輸出振興政策として本筋の目的。後者は、上記9分野を中心とした日本のライフスタイル・価値観を体現している製品・サービスの輸出拡大が、単なる市場シェアの獲得を超えたレベルにおいて日本のプレゼンスを発揮すること―すなわち、ソフト・パワーやパブリック・ディプロマシーといった外交や国際政治・文化の分野にも黙示的な効果を及ぼすこと―が期待されていることの表れ。

(3)方法論
「新しい連携」という概念が提唱されている。これには、1)新しい官民連携のあり方を確立するべし(国は自らクリエイティブ産業セクターのネットワークの一員となり彼らとの信頼関係を構築する努力をするべし)、2)クリエイティブ産業セクター内外のプレイヤー間において先例を覆すような新規の連携を促進するべし(国は、どうしても内輪で完結しがちなクリエイティブ産業セクターのリーチを広げる手助けをしてダイナミズムを促進するべし)、という2つの意味が包含されている。

(4)代表的な政策
1)クール・ジャパン戦略推進事業と、2)株式会社海外需要開拓支援機構、の2つが代表的。1)は海外展開を目指すクリエイティブ産業に関するビジネスプロジェクトに委託費(平成25年度より補助金)を交付することで海外展開の背中を押す施策。2)は海外現地で展開されるクリエイティブ産業に関するビジネスプロジェクト(会社)に出資等を行うことで海外市場シェアの拡大を支援する官民ファンド。どちらも時限的な支援。どちらも上記(1)~(3)の定義、目的、方法論に沿ったものとなっている。

(5)評価
「海外市場シェアの拡大」と「日本のライフスタイル・価値観の世界への浸透」は、それぞれ相反する消費者像を想定していることから、この2つの目的を両方とも同時に達成することは原理的に不可能。すなわち、海外市場シェアを拡大するためにはローカライズが必要で、現地の消費者のライフスタイル・価値観合わせていく必要があるが、そうすれば日本のライフスタイル・価値観は浸透しないことになる。この矛盾は現在明示的には意識されていないが、近い将来調整を行わなければならなくなるのではないか。

3.クール・ジャパン輸出振興政策の通商政策関連の論点

(1)輸出国の「意図」
「日本のライフスタイル・価値観の世界への浸透」というクール・ジャパン輸出振興政策の従たる目的が、輸入国側から問題視される可能性がある。この「意図」は古くは「プロパガンダ」に非常に近いものであり、現にその文脈で警戒していると思われる国もある。また、そこまで大げさでなくとも、消費者にそれと知らせずに日本のライフスタイル・価値観を黙示的に浸透させようとすることは、ビジネスの分野における「ステルスマーケティング」のアナロジーで、今後許容されなくなってくる可能性がある。今後クール・ジャパン輸出振興政策を推進する際には、これに留意する必要がある。

(2)「自由貿易の推進」と「文化多様性の保護」の関係
通商交渉の分野では長らく、文化的財について自由貿易を推進すれば世界の文化多様性が損なわれる(従って各国は文化的財の政策に対して主権的権利を守らなければならない)とされてきたが、これはアメリカのエンターテインメント産業の強大な流通力による「世界のアメリカ化」を過度に念頭に置いた「羹に懲りて膾を吹く」議論である。現に日本のアニメ等は自由貿易の結果として各国に入っているが、その結果現地の若者等の消費者に自国文化と異なる「代替文化」を提供することを通じて文化多様性の促進に貢献していると言える。日本は、文化的財の通商交渉の分野で、「自由貿易を促進すれば文化多様性が促進される」という、アメリカ(「自由貿易推進」派)ともフランス(「文化多様性の保護」派)とも異なる「第三極」を形成できるのではないか。

(3)クール・ジャパン版「コーポレート・フォーリン・ポリシー」の必要性
WTO通商交渉の分野ではかつて、「民間セクターが国際経済秩序の構築に関与する行動」(コーポレート・フォーリン・ポリシー)の必要性が指摘されたことがあったが、これはクール・ジャパン輸出振興政策にこそ必要な考え方である。クリエイティブ産業に関するビジネスプロジェクトの海外展開先市場での障壁・利害が積極的に国にフィードバックされ、通商交渉の文脈に反映されるよう、クール・ジャパン輸出振興政策を直接執行する部局と、通商交渉を司る部局の一層の連携が求められる。