ノンテクニカルサマリー

貿易政策に関する選好と個人特性―1万人の調査結果―

執筆者 冨浦 英一 (ファカルティフェロー)
伊藤 萬里 (研究員)
椋 寛 (学習院大学)
若杉 隆平 (ファカルティフェロー)
桑波田 浩之 (横浜国立大学)
研究プロジェクト 我が国における貿易政策への支持に関する実証的分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「我が国における貿易政策への支持に関する実証的分析」プロジェクト

我が国にとって、世界の成長を自らの活性化のために取り込んでいくことは、人口減少、少子高齢化の中で国内市場の縮小、労働力供給制約の強まりが予想されることから、益々重要となっている。また、新興国経済の急速な成長に伴い、我が国が世界で占める相対的位置は低下している。他方、国際通商秩序を見ると、WTOにおける世界的な貿易自由化交渉は種々の困難に直面している一方で、自由貿易協定がネットワーク化される中でハブとなる国々が出現し、我が国は環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を決めたところである。こうした状況から、我が国にとって貿易政策の選択は国の将来を左右する重要な問題となっている。

ところが、自由貿易への支持は経済学者の間ではほぼコンセンサスとなっているにも関わらず、現実には輸入制限などの保護主義的措置はいつの時代でも多くの国々で講じられている。輸入競合産業の抵抗が一因とも考えられるが、成長産業が自由貿易を求める動きと考え合わせると、自由貿易からの逸脱が何故かくも広範に見られるかは自明のことではない。そこで、我が国において、個々人の国際経済政策に関する選好について大規模なアンケート調査を行い、自由貿易への支持が広がらない背景を探ることにした。調査に際しては、今日の我が国を表す1万分の1の縮図となるよう、年齢、性別、地域についてバランスのとれた1万人の標本抽出を行った。その結果を記述統計的に整理すると、概要は以下の通りである。

(1)多様な個人特性が貿易政策の選好に関係している。業種別では農林水産業に従事する者で輸入自由化の選好が顕著に弱い。職種別では管理的職種、学歴別では大卒者が、輸入自由化への選好が強い。所得や年齢が上がるほど、輸入自由化への選好は強まる傾向にある。また、海外旅行や外国人の友人などを通じた外国との交流がある個人の方が輸入自由化への選好が総じて強い。なお、諸外国における先行研究と同じく、男性は女性よりも輸入自由化に賛成する傾向が強い。このように、業種や職種だけでは個々人の貿易政策への支持を説明し尽くすことはできず、貿易自由化への支持を拡大させる方策を考えるに当たっては、多様な個人特性の影響を幅広く視野に入れる必要がある。ただ、これらの要因は相互に絡み合っていることから、それぞれの効果を見極めるには厳密な計量経済分析を経る必要がある(年齢別の輸入自由化選好については図参照)。

(2)本稿では、古くから議論になっている輸入自由化を中心に取上げて分析を行ったが、輸入自由化と他の国際経済上の論点とでは、総じて選好の相関は高い。ただ、輸入自由化は支持しなくても外国企業の国内活動には賛成など、反応が異なる回答も一定数ある点には留意が必要で、今後、国際経済関連といっても場合分けした詳細な分析が求められる(論点による違いについては図参照)。

(3)行動経済学的な要素も政策の選好に一部関係している。たとえば、リスク回避度の強い個人ほど輸入自由化に反対する傾向が強い。こうした標準的経済理論では収まり切れない観察結果は、自由貿易への支持の拡大には、所得補償などの直接的な経済インセンティブだけでは十分でなく、より幅広い取り組みが必要であることを示唆しているとも解釈できよう。