ノンテクニカルサマリー

仕事と結婚の両立可能性と保育所:2010年国勢調査による検証

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の課題と経済政策Part2-人口減少・持続的成長・経済厚生-」プロジェクト

この論文は、仕事と結婚の両立可能性を分析した宇南山(2010; 2011)の結果を、最新データである2010年国勢調査まで延長したものである。宇南山(2010; 2011)は1980年から2005年までの国勢調査を用いて、過去25年間で女性の仕事と結婚の両立可能性が変化していないことを示していたが、この論文では両立可能性が2005年以降に急激に向上したことを示した。

両立可能性とは、結婚・出産をしても仕事が続けられるかどうかであり、結婚・出産をした女性のうち働き続けた人の割合として計測できる。論文中では、その逆である両立「不」可能性の指標として、結婚・出産による離職率が計測されている。1980年から2005年までの国勢調査のデータを用いた宇南山(2010; 2011)では結婚・出産による離職率は83.6%と推計されていたが、全く同じ手法を用いて2010年国勢調査に延長した本論文の結果では62.4%となっていた。つまり、結婚・出産をしても働き続ける女性の割合は、20%も増加したのである。

ただし、これまでの手法を2010年の国勢調査にそのまま適用するには、一定の注意が必要であった。2010年国勢調査では、両立可能性を計測するのに必要な婚姻状態と労働力状態について「不詳」の割合が高まったからである。国勢調査では、調査実務上の限界のために、一部の調査項目に「不詳」が発生している。その「不詳」の割合は近年上昇傾向にあり、2010年国勢調査では実質的に労働力状態が不詳である者が総人口の6%以上、婚姻状態が不詳である者が2.5%以上となっていた。労働力状態や婚姻状態が不詳である者の実態次第では、計測される両立可能性は大きく変動する可能性があり、以前の結果とは比較困難であった。しかし、「労働力調査」および「人口動態統計」を用いて結果の妥当性を検討した結果、計測された両立可能性の改善は統計上の問題ではないことが示された。つまり、国勢調査の「不詳」の増加問題を考慮しても両立可能性は大幅に改善したと考えられる。

2005年以降に急激に両立可能性が改善したのであれば、その原因を明らかにすることが政策的に重要なインプリケーションとなる。宇南山(2010; 2011)では、統計的な性質によって結婚・出産による離職率の決定要因となるかを判断するアプローチが提示されていた。考え方は単純で、「結婚・出産による離職率は時系列的には不変であるが都道府県別には大きな違いがあること」から「両立可能性の決定要因も時系列的に不変で都道府県別に大きく異なるはず」と考え、「時系列的に不変・クロスセクション的に大きな差」という統計的性質を持つ要因を探し出すアプローチである。

一見すると、この性質だけではほとんど情報がないように見えるが、実は考えられるほとんどの要因は両立可能性の主要な決定要因の候補から排除することができる。なぜなら、先験的に両立可能性を規定すると考えられる要因のほとんどが時系列的に大きく変化しているからである。たとえば、宇南山(2010; 2011)では三世代同居や育児休業制度について考察しているが、両者とも過去20年で大きな変化をしており両立可能性の主要な説明要因の候補から除外されている。

この統計的な性質を条件として、唯一、主要な説明要因の候補となりうるとされたのが保育所の整備状況であった。さらに、その後の研究でも、保育所以外の要因で統計的な性質を満たす要因は指摘されていない。こうしたことから、本論文でも新たな候補を探すのではなく、両立可能性の主要な説明要因が保育所の整備状況であるという結論の妥当性を検証した。

宇南山(2010; 2011)にしたがい、真の保育需要を把握する「潜在的保育所定員率」(保育所の定員を結婚・出産期にある女性の人口で割ったもの)の推移を示したのが下の図である。2005年までは11%と12%の間の範囲で横ばいであり、両立可能性も横ばいであったことと整合的であった。一方で、2005年以降は、急激に上昇しており12.5%を超えている。つまり、保育所の利用可能性も近年になって大幅に改善している。これは両立可能性が急速に改善してきたことと整合的であり、両立可能性が保育所の整備状況によって決まるという結論は新たに発見された時系列変化にも妥当したのである。

ただし、この結果は多くの先行研究で使われている「保育所定員率」(保育所の定員数/0-6歳の総人口)によっては発見できない。保育所定員率で見ると、保育所の整備は進んでいるが、1980年から継続的に改善しており2005年以降に大きな変化が発生しているようには見えない。そのため、2005年以降の急激な両立可能性の向上を説明できないように見える。

本研究には2つの重要なインプリケーションがある。1つは、結婚・出産による離職率の主要な決定要因が保育所の整備状況であるという結果であり、女性の仕事と結婚の両立可能性を支援するには保育所の整備が重要だということである。もう1つは、政策の決定には適切な指標を用いることが重要だということである。

図:潜在的保育所定員率と保育所定員率の時系列変化
図:潜在的保育所定員率と保育所定員率の時系列変化
出所) 論文本文の図7より引用。

参考文献

  • 宇南山卓 (2010) 「少子高齢化対策と女性の就業について-都道府県別データから分かること」RIETI Discussion Paper 10-J-004.
  • 宇南山卓 (2011) 「結婚・出産と就業の両立可能性と保育所の整備」『日本経済研究』 No.65.