ノンテクニカルサマリー

最低賃金と社会保障の一体的改革における理論的課題―イギリスの最低賃金と給付つき税額控除、ユニバーサル・クレジットからの示唆―

執筆者 神吉 知郁子 (ブリティッシュ・コロンビア大学)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

日本では従来、働ける者は賃金によって自ら生活を支え、生活保護等の社会保障給付は原則として働けない者に限るという、雇用と社会保障の「二者択一関係」が前提であった。そのなかで、最低賃金は労働者のセーフティネットとして位置づけられてきた。ところが近年、非正規労働者の増加とともに、時間単価である最低賃金の最低生活保障機能が弱まっている。現在必要とされているのは、最低賃金の役割を再考するとともに、社会保障とのギャップを埋め、最低生活を保障しながら就労インセンティブを確保する政策の構築である。

本稿では、労働と社会保障の一体的改革の手がかりを得るため、イギリスの制度を分析する。まずは、1998年の全国最低賃金制度と、同制度とセットで導入された給付つき税額控除制度との関係に着目し、そして稼働年齢世帯への新たな統一的社会保障給付であるユニバーサル・クレジット制度導入の背景と制度設計のあり方、理論的課題について考察する。

イギリスでは、労働と社会保障の連続性を前提として、社会的排除と社会保障費用増大による財政圧迫という両方の問題に対処する鍵として、「就労」の重要性が強調されていた。具体的な制度設計としては、いかに就労インセンティブを確保するかが問題の核心であった。当初は、全国最低賃金の引上げを経済政策の一環と位置づけ、就労を要件に給付つき税額控除の受給を認めるという「就労のメリットを訴えるアプローチ」をとっていたが、ユニバーサル・クレジットの導入を契機に、その受給に就労努力義務を課し、義務違反に制裁を加えるという、「不就労のデメリットを訴えるアプローチ」にシフトしつつある。

就労を軸に義務と権利の対価性を強調する方法は、日本において新たな制度を構想する際の示唆に富む。しかし、就労能力による選別の方法や世帯の取扱い、制裁のあり方といった制度設計の具体的課題とともに、受給者のニーズに適切に対応しうるか、また劣等処遇を正当化し、新たな社会的排除が生じないかといった問題も慎重に考慮する必要がある。