ノンテクニカルサマリー

雇用差別禁止法に対する法的アプローチの変遷と課題

執筆者 長谷川 珠子 (福島大学)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

グローバル化・産業構造の変化等を受け、労働実態が多様化している。本稿の検討対象である「雇用差別」についても、これまで問題とされてきた差別的な意図を伴う明白な差別は徐々に減少する一方で、これまでにない新たなタイプの差別が問題となってきている。たとえば、セクシュアル・ハラスメントや、指揮命令関係が複雑化することにより生じる構造的な差別、あるいは、それ自体は中立的な基準が結果的に差別的な効果をもたらす間接差別などである。本稿は、これらの新たなタイプの雇用差別に対応するためには、既存の法枠組みでは限界があることを指摘し、新たな法枠組みの在り方を提示することを目的とする。

本稿ではまず、日本が雇用差別に対しどのような法制度を整備してきたかについて紹介し、日本の法制度の課題を検討する。そのなかでは、日本的雇用システムと密接に関わる形で発展してきた日本の労働法制において、長期雇用や年功序列が重視されるなかで、雇用差別の問題が劣位に置かれてきたことを指摘している。その結果、女性労働者や非正規労働者の待遇が十分に確保されてこなかったといえよう。

次に、アメリカにおける雇用差別禁止法制の歴史的背景および発展過程を、判例法理にも触れつつ、分析した。アメリカは、半世紀近く前に包括的な雇用差別禁止法を成立させ、その後も多くの法改正を繰り返してきた経緯をもつ。アメリカでの議論は、今後雇用差別禁止法制を発展させていかなければならない日本にとって、その失敗も成功もいずれもが参考になると考えられる。

さらに、本稿のもっとも特徴的な部分として、雇用差別の理論的検討を行っている。アメリカでは、差別的意図を伴う差別である「直接差別」に加え、「間接差別」法理が連邦最高裁判所により形成され、さらに近年は、障害者差別の文脈において、「合理的配慮」(reasonable accommodation)を提供しないことが差別になるという新たな差別概念が登場してきている。

合理的配慮とは、具体的には、自動ドアやエレベーター、スロープ、手すり等を設置する等、既存の施設を障害者が容易に利用・使用することができるようにすることや、障害者用のパソコンなどの専用の機器を提供すること、点字や拡大文字の使用、職務内容のうちの周辺的な部分を免除すること、労働時間の変更・短縮、配置転換、試験や訓練材料を変更すること、会社の方針を適切に調整することなどが含まれる。合理的配慮という新たな差別概念の登場により、それぞれの差別を禁止するための理論的根拠についての再検討が行われている。

また、複雑化する雇用差別に対処するためには、既存の法枠組みでは不十分であって、新たなアプローチの構築が必要であるとの議論が行われてきている。それらの研究の共通点は、硬直的な法律やそれを一律に適用する裁判所の存在だけでは不十分であること、それらの限界を克服するためには使用者や従業員といった当事者の積極的な関与が必要不可欠であるということ、当事者の関与をサポートするためには、外部の独立した第三者の仲介・評価・監視や従業員の自由な発言の保障が重要であるということである。

このようなアメリカでの議論を踏まえ、日本への政策的インプリケーションとして、以下の点を指摘することができる。まず、法律等による厳密な規制では社会実態の多様化や急速な変化には対応できないことである。日本では、雇用差別禁止法が個々の差別禁止事由ごとに制定されており、そのなかでも細かい規制を置いていることが少なくない。細かな規制は、内容の明確化の点では望ましい一面もあるが、新たなタイプの差別がそこからこぼれ落ちてしまう可能性が高い。

この問題を解決する方法として、法律によって一定の枠組みを設けつつ、それを裁判所が柔軟に解釈できるような形も考えられる。しかし、アメリカの経験に習えば、裁判所の解釈次第で結果に大きな差が生じる恐れがあり、裁判所が立法者の意図を十分にくみ取らない判断が行われてしまう恐れがある。やはり、法や裁判所だけに問題解決を委ねるのではなく、当事者による合意を尊重し、使用者による積極的な問題解決を促すアプローチを構築すべきであるといえよう。

たとえば、使用者が積極的に問題解決に取り組んでいたような場合には、使用者の責任を問わないあるいは軽減するといった形で使用者にインセンティブを与える方法が考えられる。ただし、これが単なる規制緩和とならないよう、また、使用者が形式的・表面的な取り組みだけで済ましてしまうことのないよう、公正な当事者の関与があったかどうかを判断する規制が必要となる。このなかでは、独立した第三者の関与も重要となってくる。どのような形で第三者の関与を構築するかが検討されなければならない。また、訴訟等を通じた最終的な履行確保の手段も整備される必要がある。