ノンテクニカルサマリー

アメリカにおける新たな労働者参加の試みとその法理論的基礎づけ

執筆者 竹内(奥野) 寿 (立教大学)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

日本の労働法は、最低労働条件を法定し、義務づけた上で、これを上回る労働条件の実現については労使の自主的交渉に委ねる形で構築されてきている。しかし、取り締まりのための資源(労働基準監督官の人員等)が限られ、また、望ましい労働者側の交渉主体とされている労働組合組織率が低下を続ける中、このようなモデルは困難に直面している。また、他方で、日本の労働法は、いわゆる36協定(労働基準法が定める労働時間の上限を超えて労働させることを法的に可能とする、使用者と労働者の過半数を代表する主体との間の協定(労使協定)で、労基法36条に基づくもの)に代表される、「過半数代表制度」(上記のように労使協定の締結等に、労働者の過半数を代表する主体を関与させる制度)の活用が拡大を続けていることに示されているとおり、労使当事者の自主的な規律に委ねる法規定の広まりもみられる。もっとも、このような労使当事者の自主的な規律を適切に支えると思われる労働者代表制度の整備等は十分行われていない。本稿は、同様に労働組合組織率が低下し、立法改革の試みも頓挫してはいるが、新たな労働者参加の試みが行われ、また、その法理論的基礎づけも行われているアメリカ労働法の動向について、特に、この領域における近時の最も重要な研究であるCynthia Estlund、Regoverning the Workplace: from Self-Regulation to Co-Regulation (Yale University Press、2010)を詳細にフォローしつつ論じ、日本における労働法のより適切な実現の観点から、労働者代表のあり方にかかる法政策的示唆を得ようとするものである。

アメリカでは、安全衛生に関して、安全衛生ポリシーの定立、監視、問題が生じた場合の対応などを、被用者の関与も交えた形で企業が自主的に定め、自ら規制を行う場合、1)法により通常予定されている安全衛生についての規制当局による臨検を緩和する、2)雇用差別に関しては同様に予防や問題が生じた際の対応体制を整えている場合に使用者の損害賠償責任を一定程度限定するといった動きがみられる。また、規制当局が規制権限を背景にして、あるいは、労働者の組織(伝統的な労働組合であることもあるが、近年特に注目されるのは、Worker Centerと呼ばれる、主として移民労働者に対して権利教育、法的助言を行うとともに、権利実現等のための運動を行う組織)が法違反についての訴訟やボイコット等の運動を通じて、労使間で最低労働基準について(時にはそれ以上の労働条件についても)これを遵守すること、および、その履行を確保するための監視メカニズム導入を契約するよう働きかける(このいわば「見返り」に、過去の法違反についての責任追及を一部行わないといった約定がなされる)例がみられる。このように、アメリカでは労働条件(特に法が規制する最低労働条件)の当事者による「自主的規制」の動き、および、これに対する法的規制、責任追及の緩和の動きがある。上記のEstlundの著書によれば、今日の規制対象が多様化している状況下では、従来の国家法による一律の規制と規制当局による履行確保という手法は適切に機能せず、「応答的規制」と呼ばれる、ビラミッド型の履行確保メカニズム―自己規制を行う主体に対してはこれを活用して規制当局による介入を抑制することを底辺として、自己規制を行わない主体に対しては強力な制裁を発動することを頂点とする、複数の段階的な位相からなるメカニズム―を通じて、法の履行確保を図るべきことが重要であるとされる。これを前提に、企業による自主的規制が、法規制を表面上は遵守しているように装いつつ、実際には規制の回避となることを防止し、適切な形での自主的規制となるには、上記の近年の取り組みの中でも見られるように、使用者たる企業から独立した主体による監視メカニズムが伴うことが重要とされる。労働条件の実現に関しては、この役割を最も適切に果たしうるのは、ステークホルダーとしての立場に立つ労働者であるという。もっとも、個々の労働者は使用者による報復に弱い立場にあり、内部告発に対する保護等の法整備が適切な監視メカニズムを支えるために必要となるほか、その独立性を確保するため、集団として、かつ、企業外部とのつながりを有した形で労働者を代表する組織が、自己規制の監視の任務に関与することが重要であるという(こうした条件が整備された規制は、「協働規制」(co-regulation)と呼ばれている)。

以上のアメリカにおける実践的、理論的動向からは、第1に、日本でも罰則や行政の取り締まりに基づく労働法の実現が困難に直面しており、また、政策の実現において労使の役割を重視する動きがみられることとの関係では、労使による自主的な法実現、労働条件規制を促す形のインセンティブを使用者にもたらす形で、法制度の再設計を試みることが考えられる。「協働規制」においては自主的な法規制を監視するメカニズムが重要であるとされており、この一環として、独立性を有する労働者代表組織の存在が重要である。これに関して、近年、日本では、法律により従業員代表制度を導入することに関して議論があるが、法により従業員代表制度の導入そのものを義務づけるという形ではなく、労働者の代表の適切な関与を伴う場合に、一定の法的利益が享受できる、あるいは、一定の法的規制を免れることができる、という形で使用者が適切な形での労働者集団の関与を導入することを誘導する法制度設計が考えられる。

第2に、労働者代表組織が、使用者による自主的な規制の履行の監視に関与するということとの関係では、このような組織が、使用者との関係で適切な独立性を有することが重要である。この点、日本では、企業別組合が労働組合の主たる組織形態であることもあってか、企業別組合の使用者からの独立性について、法的には一般に問題視されてきていない。もっとも、最低労働基準の実現や、雇用差別禁止の実現等との関係では、企業内部当事者のみによる「解決」がかえってこれらの実現を妨げる可能性もあることを考慮すると、日本においても、アメリカのように外部に基盤を有する組織であることを要求する事は困難としても、労働者代表組織が、企業外部との連携を一定程度有する形で「協働規制」が実現することが適切と考えられる。第1の点に関して述べた、自主的規制を行う使用者に対する法的インセンティブの付与に関しては、労働者代表組織が外部と何らかの連携が図られているかどうかを考慮に入れ、このような連携を促す法制度設計が考えられる。

第3に、法遵守を促すこととの関係では、不遵守の場合の制裁が十分なものである必要があるが、これが十分であるかについても、再検討が必要であろう。特にアメリカでは、私人による訴訟を通じた責任追及が、懲罰的損害賠償に象徴されるように潜在的に莫大なコストを使用者にもたらす可能性があり、ボイコット等の運動も功を奏して同様に圧力となる可能性があるが、日本ではこのような手段により使用者にもたらされるコストは必ずしも大きくないと考えられ、代替的に、刑事罰や行政による取り締まりのあり方を再考することも考えられる。