ノンテクニカルサマリー

3.11後の東北地方における石油製品需給ギャップの推移~発生から解消まで

執筆者 赤松 隆 (東北大学)
山口 裕通 (東北大学)
長江 剛志 (東北大学)
円山 琢也 (熊本大学)
稲村 肇 (東北工業大学)
研究プロジェクト 東日本大震災に学ぶ頑健な地域経済の構築に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「東日本大震災に学ぶ頑健な地域経済の構築に関する研究」プロジェクト

2011年3月11日に発生した東日本大震災では、関東・東北地域を中心とする広い範囲で石油不足問題が発生した。この現象は、東北地域では震災発生から1カ月前後続き、被災後の東北地域社会に大きな混乱と打撃を与えた。しかし、その全貌を俯瞰的に把握しうる十分な情報は、震災後1年以上を経た現時点でも、社会的に公開・共有されていない。実際、1) どの様な対策が実施されたのか? 2) その結果、どの様な状況となったのか? 3) なぜ1カ月近くも石油不足が続いたのか? といった基本的な疑問に系統的に答え得る情報は、ほとんど公表されていない。その結果、関東地域と東北地域の石油不足の実態を混同し、東北地域での石油不足問題の主原因を消費者の「買いだめ行動」に帰するといった、事実誤認情報までもが流布している。

このような状況に鑑み、本論文は、震災発生後1カ月間の東北地域における石油製品輸送の実態および石油不足の俯瞰的状況を定量的に示すものである。その分析の基礎とするデータは、港湾間の石油製品移入・移出量統計(日毎)および県別の石油製品販売実績統計(月毎)である。本論文では、まず、前者のデータを基に、発災後1カ月間の東北地域油槽所への石油製品移入量の推移を分析し、次に、このデータと平常時需要データを基に、東北地域全体での需給関係(需給ギャップ)の推移を明らかにした。さらに、石油不足の空間的な進展状況を把握するために、市町村別の需給ギャップを推計した。

本論文の分析の結果、今回の石油不足問題では、東北地域への石油製品供給量が圧倒的に不足していたことが明らかにされた。より具体的には、(1) 発災後2週間の東北地域全体への石油製品移入量は、平常時の(同一期間)需要量の約1/3に過ぎなかった。(2) この移入量不足は、港湾施設が被災した宮城県・福島県・岩手県で、特に顕著であった。(3) 経済産業大臣が3/17会見で発表した対策(「約2万kl/dayのガソリン等を西日本製油所から東北地方に転送する」)は全く実現せず、実際の西日本からの輸送量は発表の約1/10に過ぎなかった。また、日本海側油槽所から移入された石油製品の太平洋側地域への陸上転送量も十分ではなかった。(4) このような2週間の供給不足により、累積潜在需要量が累積供給量を大幅に上回り、両者の差である「待機需要」("需要の待ち行列")が溜まった。(5) 発災後3週目からの供給量/日は、フロー変数としての需要量/日と同程度までは回復したものの、ストック変数である待機需要をすみやかに解消しうる水準ではなかった。(6) その結果、待機需要が捌け終わったのは、発災後4週目となった。(7) 3週間にわたり待機需要が発生した結果、実現需要は大幅に抑制され、東北地域全体で約7日分相当量(平常時の日需要量換算)の石油製品需要が消失した。さらに、需給ギャップの空間的な進展については、(8) 太平洋側地域と日本海側地域では、需給ギャップに著しく大きな差があり、(9) 県別にみると、宮城県・岩手県・山形県は、この順に需給ギャップが大きかった。(10) 需給ギャップの進展パターンを踏まえると、西から東方向、北から南方向への油槽所-サービス・ステーション間輸送が不十分であった。以上の事実から、東北地域での石油不足問題への対策としては、供給サイド、特にロジスティクス戦略の検討が不可欠であり、消費サイドは二義的な問題であることが示された。

図1:市町村別の石油製品需給ギャップの空間的分布の推移
図1:市町村別の石油製品需給ギャップの空間的分布の推移

今後起こり得る大規模災害への対策として、本論文の分析結果から確実に言えることは、初動体制の重要性である。東日本大震災では、政府・経済産業省・石油連盟による対策の公表は発災から1週間後と大きく出遅れ、その対策(東北全域への石油製品供給量)も十分ではなかった。そのため、大量の待機需要が累積的に積上がり、石油不足が解消するまでに1カ月近く要することとなった。その結果、実現需要が大幅に抑制され、東北地域全体で7日分相当もの需要とそれに対応する社会・経済活動が消失し、莫大な(数千億円オーダーの)経済的損失が生じた。今後このような事態を繰り返さないためには、発災直後から被災地域全域で待機需要が大幅に累積しない水準の供給を保証しうる体制を準備する必要がある。

そのような体制を実現するためには、以下の2つの視点からの対策が必要である。まず、第1は、想定被災地域全体での石油製品ロジスティクス上の物理的制約の総点検および、それを踏まえた発災後の輸送戦略の事前準備である。これには、輸送戦略策定の前提となる石油製品備蓄施設を含む施設補強計画との統合モデル分析も含まれよう。第2は、発災後、石油製品流通企業が社会的に望ましい輸送パターンを実施しうるための政府の補助スキームの準備である。東日本大震災では、太平洋側港湾の機能が回復するまで、深刻な石油不足に喘ぐ地域への本格的な供給増はなされなかった。その要因は、ロジスティクス上の物理的制約のみならず、民間企業としての石油会社の費用制約(i.e., 日本海側港湾から太平洋側地域へ大量輸送するための費用負担)にもあったと推測される。しかし、石油製品の供給制約による社会全体での莫大な経済的損失を考慮すれば(i.e., 社会的費用便益分析の観点からは)、発災後、社会的に望ましい輸送実施に必要な費用を政策的に補助しうる制度を準備すべきである。