ノンテクニカルサマリー

最低賃金の決定過程と生活保護基準の検証

執筆者 玉田 桂子 (福岡大学)/森 知晴 (大阪大学 / 日本学術振興会)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

本論文では、最低賃金制度の歴史の概観、最低賃金の目安額および引き上げ額の決定要因についての分析を行い、さらに生活保護制度における生活扶助基準が消費実態をどの程度反映しているのかについての分析を行った。日本の最低賃金制度は審議会方式をとっており、中央最低賃金審議会が各都道府県の地方最低賃金審議会に対し、地域別最低賃金額の改定についての目安を提示することになっている。この目安制度では、47都道府県をAランク、Bランク、Cランク、Dランクの4つのランクに分けて目安額を提示し、地方最低賃金審議会が目安額を参考にしながら最低賃金の水準を決定する。目安額は目安額決定の際の参考資料とされている『賃金改定状況調査』に示された賃金上昇率や経済状況を示す有効求人倍率などを考慮して決定されていると考えられるが、分析の結果、目安額は有効求人倍率の影響を受けていることが示された。賃金上昇率などは目安額に影響を与えていなかった。

地方最低賃金審議会は、中央最低賃金審議会が示した目安額を受けて前年から何円引き上げるかを決定するが、その引き上げ額は、下の図に示されている通り、目安額におおむね従っていることが明らかになった。中央最低賃金審議会が示す目安額は参考資料であり、地方最低賃金審議会に対して強制力を持っていないが、目安額が大きな役割を果たしていることが分かった。また、消費支出額、賃金上昇率、通常の事業の支払い能力に関する変数は引き上げ額に影響を与えないが、1998年以降の分析では、失業率は引き上げ額に負の影響を与えることが示された。

上記の分析結果より、地域別最低賃金は地方最低賃金審議会が決定することになっているが、地域別最低賃金はほぼ目安額通りに決められていることが明らかになった。目安額通りに引上げ額を決めるのであれば、地方最低賃金審議会の役割が問われることになるが、地方最低賃金審議会は中央最低賃金審議会よりそれぞれの地方の経済状況についての情報を把握しているため、地方最低賃金審議会は目安額を参考としつつも、これまでより地方の状況を反映した引き上げ額を決定すべきであろう。

図:引き上げ額と目安額
図:引き上げ額と目安額
出所:『最低賃金決定要覧』各年

生活保護制度から受ける便益の水準(生活保護基準)について検討してみよう。生活保護基準の中でも、日常生活の需要を満たす生活扶助基準については、2008年施行の改正最低賃金法では、生活保護基準が最低賃金を上回っている場合は最低賃金を引き上げて生活保護基準と最低賃金の乖離を解消することとされている。すでに一部の地域では最低賃金の大幅な引き上げが行われており、最低賃金と生活扶助基準は切り離せないものとなっている。そのため、生活扶助基準の妥当性について検討することは重要である。

生活扶助基準については、低所得世帯の消費支出や物価の影響を受けると考えられる。消費者物価地域差指数が高くなると都道府県単位で再計算された生活扶助基準が高くなることが示され、生活扶助基準は、物価の地域差をわずかに反映していることが示された。しかし、消費支出や年収第1・五分位の年収の水準が影響を与えているという仮説は支持されなかった。

以上より、生活扶助基準が消費実態を反映していない可能性が考えられる。社会保障審議会生活保護基準部会[2013]でも生活扶助相当消費支出と生活扶助基準が乖離していることが示されており、本論文での結果が支持されている。そのため、2013年から開始される消費実態との乖離の解消を目的とした生活扶助基準の改定はある程度妥当であるといえよう。ただし、生活扶助基準は、最低賃金の水準や住民税非課税など重要な施策の基準の1つとなっていることから、今後も生活扶助基準の改定には慎重かつ厳正な対応が望まれる。

参考文献

  • 社会保障審議会生活保護基準部会[2013]「生活保護基準部会報告書」厚生労働省