ノンテクニカルサマリー

最低賃金と若年雇用:2007年最低賃金法改正の影響

執筆者 川口 大司 (ファカルティフェロー)
森 悠子 (日本学術振興会)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

問題背景

貧困問題への関心が高まる中、貧困解消の有力な対策として議論されているのが最低賃金の引き上げである。実際に、2007年7月には成長力底上げ戦略推進円卓会議の合意がなされ、2008年から施行された改正最低賃金法が地域別最低賃金の決定にあたって生活保護との整合性に配慮を求めたことを受けて最低賃金は上がっている。具体的には、2005年に668円であった平均最低賃金は2011年には737円に上昇した。最低賃金の引き上げは、低賃金労働者の賃金を押し上げることで貧困を緩和する効果が期待されるが、一方で雇用を減少させる効果が懸念される。特に経験が浅い10代労働者への雇用減少効果については、欧米の多くの実証分析で指摘されている。本研究はこのような状況を背景として、2007年以降の最低賃金の大幅な引き上げが、16-19歳男女の賃金分布や雇用率へ与える影響を検証した。

結果の要約

本研究の結果は以下の図に集約される。この図は、横軸に2007年と2010年の最低賃金の自然対数値の差、縦軸に同期間の16-19歳男女の就業率(%)の差を取ったものである。2007年から施行された新最低賃金法では、最低賃金額を設定するにあたって、生活保護水準との逆転現象の解消が求められるようになった。この生活保護水準の計算のなかには住宅扶助が含まれており地域差が大きい住宅費が反映されている。そのため住宅費が高い東京や神奈川といった地域では、最低賃金と生活保護基準の逆転幅が大きくなり、その解消のために最低賃金が大きく引き上げられている。

この図を見ると大まかに右下がりの関係を認めることができるため、最低賃金の引き上げが大きかった都道府県ほど16-19歳男女の就業率が落ち込んだことが確認できる。しかしながら、2007年から2010年という期間は金融危機の影響で労働市場が極端に冷え込んだ時期をふくんでおり、その影響に地域差があった可能性もある。そこで、最低賃金引き上げの影響が直接及ばないものの、労働市場全体の状況を反映すると思われる30-59歳男性の失業率を景気循環の指標として用いて、その影響を調整した分析を行った。結果は地域別最低賃金を10%引き上げると、16-19歳男女の雇用率は少なくとも5.3%ポイント低下するというものであった。これは分析期間中の16-19歳男女の平均就業率が17%であることを考えると約30%の雇用の減少を意味する。

政策的インプリケーション

最低賃金の引き上げは財源を必要とせず実行できる貧困対策だが、本研究によって10代男女の雇用機会を奪ってしまうというコストを伴うことが示された。雇用労働者全体に占める10代労働者の割合は高くないため、マイナーな問題であるような印象を与えるかもしれない。しかしながら、10代労働者、特に中学や高校を卒業して就業し始めたばかりの労働者にとって就業機会を得ることは職業訓練の機会を得ることでもあり、生涯にわたって雇用機会や賃金水準に永続的な影響を与える可能性がある重要な問題である。このように最低賃金制度引き上げによる貧困対策は副作用が大きいので、最低賃金に代わる対貧困策の導入を検討すべきである。たとえば、貧困世帯の労働者に対しての実質的賃金補助を行う制度として給付付税額控除があり、米国や英国ではすでに一定の成果を上げている。この制度は単純に言うと国民の税負担で貧困世帯労働者の賃金を補助する仕組みであり、賃金補助であるため生活保護のように受給者の勤労意欲をそぐという副作用が小さい。日本で導入しようとすれば、財源の確保、納税者番号制度の導入、世帯ベースでの課税・給付に向けての税改革といった数々の難問をクリアしていかなければならない。さらに賃金補助が低技能労働者の労働供給を促進し賃金を下落させ雇用主に政策効果が帰着する可能性にも目を向けないといけない。さまざまな困難は伴うが貧困問題を真剣に解決しようとするのであれば給付付税額控除の導入を検討すべきである。

図:最低賃金の上昇と就業率の変化、16-19歳男女
図:最低賃金の上昇と就業率の変化、16-19歳男女
注:本文中の図3に該当。