ノンテクニカルサマリー

震災からの復旧期間の決定要因:東北製造業の実証分析

執筆者 若杉 隆平 (ファカルティフェロー)
田中 鮎夢 (研究員)
研究プロジェクト 日本経済の創生と貿易・直接投資の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の創生と貿易・直接投資の研究」プロジェクト

東日本大震災がもたらした被災企業への損傷、被災からの回復のスピード、日本全体の生産活動に与える影響を観察すると、基礎素材型産業と加工組立型産業との間では違いが見られる。沿岸に立地する基礎素材産業は津波により大きな打撃を受けたにもかかわらず、V字型に生産が回復し、日本経済全体への影響は大きくなかった。一方、輸送機械、電子部品・デバイス工業では津波による打撃が比較的小さかったが、被災からの回復は長期化し、経済全体への影響は大きかった。被災企業の復旧に障害となった要因を明らかにすることは、自然災害がもたらす産業への被災を最小化し、迅速な復旧を実現する上で重要な課題である。しかしながら被災企業の復旧過程に関するデータが不足していたため、企業レベルまで立ち入った分析がなされてこなかった。

2011年12月にRIETIが実施した「東日本大震災による企業の被災に関するアンケート調査」は被災した製造事業所を対象とした初の大規模調査であり、被災と復旧への問題点を探る上で重要な情報を提供してくれる。本論文では、この調査データを基礎に被災企業の復旧に影響を与えた要因を検証する。

被災企業が復旧する上で障害となった外生的要因のうちで、津波による被災・損傷の大きさが復旧を長引かせる最大の原因であったことは当然であるが、電力(electricity)・工業用水(water)・輸送手段(transport)等のインフラの寸断が復旧を長期化する要因となった。さらに、取引先との部品調達網(supply chain)の寸断が復旧に要する期間を一層長期化させる要因になった。生産工程の分業が深化している産業において、サプライ・チェーンの寸断が被災企業の操業再開を長引かせる要因となったことは注目すべき点である(図参照)。

これまでの自然災害の先行研究では復旧期間の異なる企業の異質性は考慮されてこなかった。しかし復旧を妨げる要因による影響は復旧期間の長短によって異なる可能性があるため、この論文では復旧期間の長短を加味した分位点回帰による推計を行う。推計結果から、比較的短期に復旧した事業所にとっては電力供給の寸断が大きな障害となった一方、復旧に要する期間が長期化した事業所ほどサプライ・チェーンの寸断がもたらす影響が大きな障害となったことが明らかとなった。これは新たな発見である。

限られたデータによる分析から一般的な政策的含意を導くことには慎重でなければならないが、サプライ・チェーンの寸断が復旧期間を長期化させたという事実は、産業、特に加工組立産業が自然災害から受ける被害を最小化する上で『サプライ・チェーンの複線化』が重要であることを示唆する。

図:事業復旧に要した日数と事業所数(災害要因別の累積分布)
図:事業復旧に要した日数と事業所数(災害要因別の累積分布)