ノンテクニカルサマリー

親の関与と小学校低学年児童の学習時間―21世紀出生児縦断調査による検証―

執筆者 松岡 亮二 (情報・システム研究機構 統計数理研究所)
中室 牧子 (慶應義塾大学)
乾 友彦 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価」プロジェクト

学習時間は努力の指標として研究されてきたが主な対象は中学生や高校生であり、一時点のデータによる社会階層や学校制度との関連分析に留まってきた。そこで本研究では、厚生労働省が2001年から収集している「21世紀出生児縦断調査」の個票データを用い、小学校1~4年生の段階においてどのように学習時間が形成されるのか――小学校低学年児童の努力格差生成メカニズムを明らかにすることを目的とした。

下記のグラフは、両親の大卒学歴によって週あたりの平均的な学習時間に差があることを示している。しかし、このグラフだけでは、どのようにして親の大卒学歴が子どもの学習時間に影響を与えているのかわからない。そこで、子どもの生活・学習時間に対する親の関与に注目した。両親の大卒学歴は小学校1年生段階の6種類の関与、それに関与の経年変化とも関係があった。具体的には、小学校1~4年までの間、大卒の親の方が塾や通信教育を利用し、子どものテレビ視聴・ゲーム遊びを制限していた。また、大卒の親は、小学校4年生の段階で父母共に家庭学習へ比較的積極的に関わっていた。そしてこれらの時点(学年)によって変わる親の学習・生活時間への関与が、小学1年生時点での学習時間の差異、そして学習時間の伸びに関連していることが明らかになった。なお、親の関与を考慮すると、両親の大卒学歴と学習時間の関連は統計的に有意ではない。グラフで示した親学歴による学習時間の差異――小学校1年から4年までの努力格差は、親の学歴そのものではなく、親学歴によって左右される関与の程度によって生じていることを示唆している。

本研究が用いたデータには残念ながら学校での成績や学力の指標がないが、この本人の自由意思に基づくとは言い難い小学校低学年における努力格差は、5年生以降の学力格差・学習習慣格差と関連していると考えられる。事実、小学校1年生が学校で受ける授業時間は主要教科の国語と算数だと年間290時間であるが平均的な学校外学習時間は年間262時間であり、学力に影響を与えていないと考えるほうが不自然なほど学校外学習の時間は長い。また、1年生の時点で学習時間が上から約16%(標準偏差1)の児童は年間445時間の学校外学習を行い、平均との差は年間182時間となる。小学校4年生となると、社会と理科が加わることもあり学校における主要教科授業時間は420時間となるが、平均的な学校外学習時間は368時間、上から16%の児童は597時間学校の外で学んでいる。さらに、グラフが示すように学校外における努力格差は学年が進行するにつれ拡大する傾向がある。もし小学校5・6年生で努力格差がさらに拡大するとしたら、親の学歴によって異なる関与差によって左右される学校外学習量が中学校時点の成績・進学する高校ランク・大学受験――ライフコースに影響を与えている可能性がある。

では、この小学校1年時に存在し、拡大する傾向にある努力格差に対する政策とは何だろうか。まず、6つの親の関与の中で、もっとも影響力が強いのは通塾の影響であったことから、不利な家庭環境にある子どもたちへの無償の授業付与が考えられる。すでに文部科学省の「学校・家庭・地域の連携による教育支援活動促進事業」と厚生労働省の「放課後児童健全育成事業」という取り組みが行われているが、国、都道府県、そして実施主体となる市町村が3分の1の費用負担をするため、本当に実施が必要な地域では財政力不足から行われていない可能性が高い上、これらの活動は必ずしも学習に焦点を置いているわけではない。困難な地域への援助の重点化、学習を含むプログラムの体系化が求められる。他国の事例では、アメリカの3~4歳児を対象とした早期教育プログラムであるヘッドスタートや「落ちこぼれ防止法」の補助的教育サービスが参考となる。特に後者は問題を抱える学校に通う経済的に恵まれていない家庭の子どもへの無償個別授業サービスで、対象者は困難を抱える児童に絞られ、内容も学習に特化している。日本でも民間団体が教育バウチャーを配布している事例がすでにあるので費用対効果の検証が求められる。また、学校の授業を改善することも重要だろう。学校外学習量格差が大きく存在し、その格差が親の関与格差によって拡大することを前提とした授業や宿題の出し方に変えること、それに、その対応のために明らかに大きくなる教員負担を軽減するための教員加配が考えられる。これらのプログラムを試験的に一部の地域で実施し、努力格差・学力格差にどのような影響を与えているのか縦断調査で実証的知見を蓄積し、効率的かつ効果的に全国規模で義務教育の早い段階における格差を是正することが求められる。

図:両親大卒学歴と週あたりの学習時間:小学1年~4年生
図:両親大卒学歴と週あたりの学習時間:小学1年~4年生
(注)親の学歴による週あたりの学習時間の平均値を示している。この親の大卒(学士)学歴による学習時間の差異の一部は、6種類の親の関与、特に学習塾の利用によって説明される。0は両親とも非大卒、1は1人が大卒、2は両親共に大卒。なお、学習時間・授業時間の計算の詳細は本稿を参照してください。