ノンテクニカルサマリー

日本における教育機会の不平等:行動遺伝学的アプローチ

執筆者 山形 伸二 (九州大学)
中室 牧子 (慶應義塾大学)
乾 友彦 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価」プロジェクト

本研究は、日本において、生まれ育つ家庭による機会の不平等がどの程度存在しているかについて検討した。この際、従来の研究においては高学歴・高収入の両親から高学歴・高収入の子どもが育っても、それが親の働きかけなどの家庭環境によるのか、認知能力・性格等が親から子へと遺伝的に伝達されることによるのか明らかではなかった。

本研究では、20~60歳の男性双生児1006名を対象としたウェブ調査データを用いて、一卵性と二卵性のきょうだいの類似度を統計的に比較し、遺伝と環境の影響力を分離した推定を行った。この方法は行動遺伝学という研究分野でよく用いられるもので、単純化すれば、一卵性のきょうだいの方が二卵性のきょうだいよりよく似ている程度に応じて遺伝の影響が示唆され、一卵性二卵性を問わずきょうだいがよく似ている程度に応じて家庭環境の影響が示唆される。

本研究はこの方法を用いて、(A) 学力(中学3年生時点)、教育年数、および所得にどの程度遺伝と家庭環境、個々人に独自の環境の影響が見られるか、(B) それらの影響の強さが年齢/世代によって異なるか、(C) 学力、教育年数、所得の間の関連性がそれぞれどの程度遺伝と環境の影響により説明されるのか、について検討した。

主要な分析結果は以下のとおりである。(1) 学力、教育年数、所得の個人差の説明率は、遺伝27~35%、家庭環境34~47%、個々人が独自に経験する環境26~30% (図1)、(2) 教育年数への家庭環境の影響は高年齢世代でより強いものの、若年世代でも無視できないほど強い(図2)、(3) 所得への家庭環境の影響は若年世代においてより強く、高年齢世代においては遺伝と個々人に独自の環境の影響が強い、(4) 学力には影響しない一方で教育年数には影響を与えるような家庭環境が、同時に所得にも影響を与えている。これらの結果は、日本において、遺伝の影響を考慮したうえでもなお、生まれ育つ家庭による機会の不平等が存在することを示唆している。同時に、教育問題に対する社会科学的アプローチが遺伝の影響を考慮することの必要性を示唆している。

本研究の政策的示唆としては、以下の2点が考えられる。第1に、大学全入化時代と呼ばれる現在においてもなお、教育年数に与える家庭環境の影響は大きく、高等教育進学費用の軽減等、機会の不平等を是正する政策が必要である。第2に、学力、教育年数、所得のいずれについても遺伝は一定程度の影響を与えており、機会の平等化政策によってはこれらの遺伝的個人差の影響は解消できない点についての認識が必要である。家庭環境のみならず、遺伝的個人差も本人の自由な選択に基づくものではないことを考慮すれば、結果の不平等の原因を個人の努力や自由意思のみに帰属し、結果の「格差」を安易に肯定することには慎重でなければならない。

図1:遺伝、家庭環境、個々人独自の環境の影響による学力(中学3年生時)、教育年数、所得の個人差の説明率
図1:遺伝、家庭環境、個々人独自の環境の影響による学力(中学3年生時)、教育年数、所得の個人差の説明率
図2:教育年数の個人差の遺伝と環境による説明率のコホート(年齢)による差異
図2:教育年数の個人差の遺伝と環境による説明率のコホート(年齢)による差異