ノンテクニカルサマリー

地域投資自由化と海外直接投資

執筆者 アリタ・ショーン (米国農務省)
田中 清泰 (アジア経済研究所)
研究プロジェクト 通商協定の経済学的分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「通商協定の経済学的分析」プロジェクト

問題意識

複数国の間において域内関税の削減などを目的とした地域貿易協定が増えている。特に1990年代前半から締結数は急増しており、世界貿易機関によると2013年1月時点で354の地域貿易協定が発効している。地域貿易協定の枠組みにおいて従来の関税削減に加えて、直接投資に対する投資保護や投資自由化に関する取り決めが含まれるようになってきた。たとえば、NAFTAには投資章があり、NAFTA加盟国の多国籍企業に対する保護や紛争解決の枠組みなどが定められている。また、ASEANでは2009年ASEAN Comprehensive Investment Agreementにおいて、投資分野の内国民待遇や最恵国待遇が条文に規定されている。

これらの政策目的は、地域的な投資自由化によって域内の海外直接投資を促進させることにある。しかしながら、地域的な投資コストの削減が多国籍企業の行動に与える影響や、経済厚生に対する効果など、まだよく分かっていない。通商協定に関する政策形成に資するため、地域的な投資自由化の効果を検証することが本稿の目的である。

分析結果

多様な国の組み合わせで地域レベルの投資自由化が進んだ状況を分析するため、多国籍企業の経済モデルを活用して政策実験を行った。現実の多国籍企業の行動を検証するため、2006年度の日本の製造業における多国籍企業のデータから経済モデルの構造パラメータを推定し、実際のデータをシミュレーションによって再現できることを確認した。次に、この数値化されたモデルを使って、複数国の間で投資コストが下がった状況を考えて、仮想的な多国籍企業の経済活動をシミュレーションした。最後に、ベースラインのデータと、仮想的な状況で再現したデータを比較して分析を行った。

図:実質賃金の変化率で見た経済厚生の変化
図:実質賃金の変化率で見た経済厚生の変化

政策実験により各国の経済厚生に与える影響を調べるため、実質賃金の変化率を図に示した。標本の経済を所得レベルに応じてNorth(高所得国)とSouth(低所得国)に分類して、NorthとSouthのそれぞれの国において、政策実験後の実質賃金の変化率を図の横軸にBox Plotとして示している。Policy 1の政策実験は、日本がNorthとSouthすべての国と統合して投資コストが下がるケース。Policy 2は、日本とNorthの国々で投資コストを削減するケース。そしてPolicy 3は、日本とSouthの国々で投資コストを下げるケースである。

図から明らかなように、Policy 1ではNorthもSouthも実質賃金が増える傾向がある。Policy 2ではNorthの実質賃金は増えるが、Southの実質賃金にはほとんど影響がない。次にPolicy 3ではSouthの実質賃金が増えているが、Northの実質賃金には影響がほとんどない。相対的に見ると、South間よりもNorth間の統合において実質賃金の増加が大きい。理由としては、SouthよりもNorthの方が対外直接投資の規模が大きいため、投資コストの削減によって直接投資の増加が大きくなるためである。ただNorth間だけの統合よりも、NorthとSouthも含めた統合の方が実質賃金の増加が大きくなる傾向がある。

政策インプリケーション

上記の結果より、投資章を含んだ地域貿易協定に対して2つのインプリケーションが得られる。第1に、対外直接投資の大きい経済が地域レベルの投資自由化に参加することで、投資促進による経済厚生の改善効果がより大きくなることが期待される。たとえば、多国籍企業の活動を通して経済厚生を高める効果は、ASEANにおける地域投資協定よりもEUにおける地域投資協定の方が高い、と推測できる。

第2に、地域協定に参加する加盟国の数が多いほど、投資活発化による経済厚生の改善効果は高くなる。交渉が進めやすい少数国間の地域貿易協定がこれまで数多く締結されてきたが、より高い経済効果を目指すためには投資章を含んだ地域貿易協定の広域化が重要となる。