ノンテクニカルサマリー

研究事業所間共同研究の地理的特性:距離の壁と企業の壁

執筆者 井上 寛康 (大阪産業大学)
中島 賢太郎 (東北大学)
齊藤 有希子 (研究員)
研究プロジェクト 組織間、発明者間の地理的近接性とネットワーク
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「組織間、発明者間の地理的近接性とネットワーク」プロジェクト

共同研究、特に異なる知識を持つ企業の間での共同研究は、イノベーションの源泉としての重要性が指摘されている。しかし、実際に共同研究を行う際にはさまざまな要因が障害となり得る。たとえば共同研究は物理的に研究者同士が顔を合わせて議論・実験する必要があり、地理的距離は大きな障害となりえる。また、さらに企業間共同研究の場合、企業の機密、知識の漏洩の可能性など、追加的な障害が関係構築を大きく阻害することがこれまで指摘されてきた。

本研究は共同研究の阻害要因について、特に地理的距離の観点、および企業をまたいだ共同研究関係構築における追加的阻害要因について定量的に分析したものである。具体的には、まず特許公報から事業所単位の共同研究関係データベースを作成し、そのもとで、共同研究関係をもつ事業所間の距離を全て測定し、事業所がそもそも地理的に集中している効果を除いたうえでその分布を推定した。

その結果、以下の事が明らかになった。まず、事業所間の共同研究関係は地理的に集積している。これはつまり地理的距離が共同研究関係構築における阻害要因となっており、事業所は地理的に近接した事業所との共同研究関係を構築する傾向が強いことを示している。次に、我々のデータが対象とする1985年から2005年にかけて、ICTの爆発的な発展があったにもかかわらず、共同研究関係の地理的動向にほとんど変化が無かったことがわかった。これはつまり、共同研究の遂行のためには、物理的に顔を合わせた密なコミュニケーションが不可欠であり、地理的距離の影響はICTの発展によってもほとんど埋めることができなかったということを示すものと解釈できよう。

続いて共同研究関係における企業のもたらす障壁についてであるが、まず、企業をまたいだ事業所間共同研究は、企業内事業所間共同研究に対し、より狭い範囲でかつより強く集積していることがわかった。これは以下の図1において、非常に近い距離において、企業内共同研究距離分布を示す点線の分布に対し、企業間共同研究距離分布を示す実線の分布がより大きくなっていることによって示されている。これは、企業をまたいだ共同研究達成のためには、事業所同士が地理的に近接していることが有効であることを示している。すなわち、事業所同士が地理的に近接していることで研究者間の行き来が容易になるため、信頼関係の構築等を通じて、企業間共同研究関係がより構築されやすくなっていることを示すものと考えられる。また、このような効果は、研究事業所を複数持つ大きな企業よりも、単一の研究事業所しか持たない小規模の企業においてより強いことも示されている。

図1:企業内・企業間共同研究距離分布
図1:企業内・企業間共同研究距離分布

以上の結果は、イノベーションの源泉として期待される共同研究関係構築、特に企業間のそれを達成するために事業所間の地理的近接性が重要な役割を果たすことを示すものであり、クラスター政策のような企業の近接立地の促進が、共同研究関係を誘発し、イノベーションを創出する可能性について強く示唆するものであると解釈できる。