ノンテクニカルサマリー

日本の介護保険の将来

執筆者 清水谷 諭 (コンサルティングフェロー)
研究プロジェクト 社会保障問題の包括的解決をめざして:高齢化の新しい経済学
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「社会保障問題の包括的解決をめざして:高齢化の新しい経済学」プロジェクト

1.公的介護保険制度導入と介護費の急増

2000年4月に公的介護保険が導入されてから、10年以上が経過した。その間、介護費(自己負担を含む)は当初の4兆円から、2011年度には8.4兆円と倍増した。今後についても、多くのこれまでの推計では、2025年度には20兆円前後(GDPの3-4%)まで膨れ上がることが見込まれている。

こうした介護費の増大の背景には、高齢化の一層の進展によって、介護需要が増大しただけでなく、核家族化の進展、単身世帯の増加を背景に、家族介護の供給が低下しているという世帯構造の変化も見逃せない。

2.これまでの政策論の前提

これまでの公的介護保険制度の改革論議は、ほぼ共通して、次の3つの仮定に立脚してきたといってよい。

第1は、代表的個人(家計)の仮定である。いうまでもなく、日本の高齢者に置かれた状況は、健康状態(精神的健康、認知力も含む)、経済状態(所得・資産)、就業状態、家族関係、社会とのつながりといった点で非常に多様であり、「これぞ日本の高齢者」という高齢者像があるわけではない。たとえあったとしても、どの程度代表性があるか疑わしい。しかし、実際の政策論議では、そうした多くの側面を無視し、いくつか(あるいは1つ)の類型に単純化して議論を進めてきた。

第2は、定常性の仮定である。高齢者の置かれた状況は、同じ世代の中でも大きく異なるが、世代によっても大きく変わりうる。たとえば、賃金カーブの上がり方は、若年世代ほど勾配が緩やかになっており、生涯所得も世代によって大きく異なりうる。しかしこれまでの議論では、今の若年世代が高齢になると、今の高齢世代と全く変わらないという前提を置いてきた。

第3は、動機づけの欠如である。医療サービスへの需要を減らすために、価格をどの程度引き上げたらいいか、医療から介護サービスに移行させるにはどんな人たちに働きかければよいのかという視点、つまりそもそもどういう選択が可能で、それはどういった理由で選ばれているのかをしっかりと吟味するという視点が抜け落ちていた。

要するに、多様な個人(家計)が自分の意思で選択するという現実の世界ではなく、標準化された個人(家計)が機械的に行動するという非現実的な世界を暗黙の裡に想定しているのである。

3.実証分析の不足

さらに、介護保険に関する実証分析が極めて貧弱であることも指摘する必要がある。これまでの公的介護保険に関する実証分析は、本文中に引用しているが、断片的なデータによって解析したものや介護保険導入前後を比較したものが多く、介護保険導入後10年以上たった現実を、豊富な変数を有する大規模データで解明したものは、少数に過ぎないのが現状である。

特に、介護保険の分析をしようと思えば、フォーマルな介護(介護保険を通じた介護サービス)とインフォーマルな介護(家族・親族などによる介護)との代替を考慮しなければならない。そのためには、子供がいるのかどうか、どこに住んでいるのか(近くでないと日常的に介護できない)といったインフォーマルな介護の利用可能性に関する情報が必要である。実際、子供や親とのコンタクトの頻度(図1)や子供の住んでいる場所は、地域によっても大きく異なることがわかっている。

4.JSTARの活用と今後の改革の方向性

これまでの政策論議を飛躍的に実効性のあるものにするためには、多様性、動機づけ、非定常性を明示的に考慮して、個人の選択に焦点を当てて解析する介護保険制度への「新しいアプローチ」が必要だ。そのためには、個人の多くの側面を同時にとらえた大規模なデータセットが不可欠で、しかも、加齢に伴って介護が必要になっていくプロセスを把握するためには、同じ客体を追跡するパネルデータであることが望ましい。

幸い、「くらしと健康の調査」(JSTAR)はこれまで3回の調査を終え、今年度から4回目の調査を予定している。国際比較も可能な「新しいアプローチ」が実現可能となる基盤が日本でも整いつつある。今後は、そうした公共財を駆使して、
(1)地域密着型サービスは機能するのか、
(2)介護予防サービスは有効なのか、
(3)公的介護保険のカバレッジは見直さなくていいか、
(4)市場参入(特に施設介護)を促進すべきか、
(5)地域間格差が拡大していくのか、
といった点を中心に、改革の方向性を裏付けるエビデンスが蓄積されていく必要があろう。

図1:(1) 親とのコンタクト頻度
図1:(1) 親とのコンタクト頻度
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図1:(2) 子どもとのコンタクト頻度
図1:(2) 子どもとのコンタクト頻度
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