ノンテクニカルサマリー

自然災害と企業の存続・生産性:阪神大震災の分析

執筆者 Matthew A. COLE (University of Birmingham)
Robert J R ELLIOTT (University of Birmingham)
大久保 敏弘 (慶応義塾大学)
Eric STROBL (Ecole Polytechnique)
研究プロジェクト グローバル化と災害リスク下で成長を持続する日本の経済空間構造とサプライチェーンに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバル化と災害リスク下で成長を持続する日本の経済空間構造とサプライチェーンに関する研究」プロジェクト

研究の趣旨と概要

2011年3月11日に発生した東日本大震災以降、日本付近での地震活動は活発化してきており、首都直下型地震や東南海地震も予想より大きく、早期に高い確率で起こり、大規模な被害がでると予想されている。これを最小限の被害に食い止め、災害に万全の備えをするかは、日本にとって喫緊の課題である。とくに首都を直撃した場合、首都機能をいち早く復旧させ、生産活動をできる限り維持することが重要である。近年、経済学的な分析も盛んになってきており、本論文は1995年の阪神大震災(兵庫県南部地震)と企業の動向を分析することにより、地震災害の都市部での企業や産業集積への影響を分析する。具体的には神戸市内の企業(プラント)レベルのデータを用いて、空間的な構造を意識して、阪神大震災の企業の撤退、生産性や雇用、産業集積への影響を分析する。

分析の視点-自然科学との融合研究

阪神大震災以降、神戸大学をはじめ多くの大学が工学部を中心に建築、地質、都市計画などの防災研究を飛躍的に進めている。すでに多くの知見が得られており、この一部を経済学に応用することで、より精密な研究を可能にする。たとえば、既存の経済学の研究では被災度合いを行政区ごとに集計された被災状況を変数にしてきたが、我々の研究では、震災の揺れや個々の建物の被災状況(図1)、建物の構造・築年数といった建築工学や地震学のさまざまなデータを用いて、被災状況を建物レベル、町丁目レベルなど空間的にできるだけ細かく企業の被災状況を特定し、分析をしている。

図1:建物被害状況図 (神戸市内、加工済み) (ピンク:焼失、赤:全壊、オレンジ:全半壊、黄色:半壊、緑:被災なし)図1:建物被害状況図

分析と結果

第1に企業のサバイバル分析を行った。結果、図2からもわかるように震災後、被災企業(全壊、半壊、全半壊)は非被災企業に比べ、有意に撤退確率が高くなる(被災レベルがあがるごとに50%ほど撤退確率を高める)。また丁目レベルでの被災状況も有意に企業の撤退確率を高める。したがって、個々の企業の建物の耐震や免震は非常に重要であり、さらに近隣地域全体の防災への取り組みも重要になってくるといえる。

第2に企業の生産性、雇用、利潤に与える影響を分析した。地震後、雇用や利潤へはマイナスの効果となるが次第に回復へと向かう。一方、生産性は一時的に向上するものの、その効果はかなり限定的で短期的である。いわゆる「災害の創造効果」は一般に言われるほど大きくはなく、その効果はかなり限定的で短期的である。

これら2つの分析では、個々の企業の特性も大きく影響している。規模の小さい、操業年数の浅い企業は撤退確率が高いし、雇用や利潤へのマイナス効果もより大きくなる。災害によるダメージが大きいのは中小企業であり、ある種の「セレクション効果」が生じるといえる。

さらに重要な結果としては、産業集積の「負」の効果である。産業集積は「集積の経済」や「マーシャルの外部経済」で知られるように多くのベネフィットがある。しかし、我々の研究で明らかになったのは産業集積地域の企業は災害に弱い。長田区の皮革・靴産業からわかるように、取引先が近隣であり、協業も多いため、1つの企業の崩壊が地域全体・産業集積全体の崩壊へとつながる。具体的には、新長田界隈のように同じ建物内にいくつもの工場が集密していたため、1つの建物の被害がすべての工場の閉鎖につながった。また、連鎖倒産もあると考えられる。産業集積の負の効果の一方で、マルチプラントの効果もあげられる。複数プラントをもつ企業は生産を撤退させやすい。被災したプラントから被災地域外へと生産をシフトできるためである。

図2:サバイバル分析 (実線:被災なし、破線:被災あり=焼失、全壊、全半壊、半壊)
図2:サバイバル分析

政策的インプリケーション

我々の阪神大震災の分析から以下のような政策的インプリケーションが得られる。東日本大震災の復興政策や今後想定される大地震への防災・減災政策への政策的な提言にもつながるものと思われる。

1、防災・減災の取り組みと生産活動の維持
企業の撤退を防ぎ、都市全体での生産性や生産活動を維持、あるいは被害を最小化していくには、個々の企業の免震や耐震などの取り組みが非常に有効である。また、個々の企業の取り組みにとどまらず、丁目レベルの地域的な防災への取り組みも重要である。木造住宅の周密地域は特に注意を要するだろう。したがって、防災を意識した自治体の街づくりや都市計画が急務であるし、個々の建物の建て替えや免震対策を促進するような投資減税や補助金などが有効と思われる。

2、産業集積と空間経済学-リスク・マネージメント
産業集積は本来、一国の生産性を上げる強みを持っているが、同時に生産拠点が地理的に集中するため、地震など局地的な自然災害には弱い。空間経済では「規模の経済」と「輸送費」のトレードオフが基本的な分析の構造であるが、今後は「リスク」も重要な側面となるだろう。個々の企業は今まで以上に自然災害の「リスク」を考慮して、企業の立地やプラントの配置を考える必要がある。また、災害後、産業集積内で起こる連鎖倒産をどう防ぐのかが政策的に重要で、産業集積に対する無利息の融資や補助金、減税、インフラ再整備や仮説工場など迅速な政府・自治体支援が必要であろう。また信用金庫や地方銀行などの地域金融の強みを有効に生かして、地域に根差した柔軟な中小企業支援をしていくのも方策であろう。

3、復興促進重点地域の有用性
神戸市内の復興重点地域は震災後、生存確率への有意な影響はなかったものの、利潤や生産性を高めるなど一定の効果はあったことが証明された。復興を加速化させるためにも、重点地域の指定はある程度有効であるといえる。

4、災害によるセレクション効果―企業の異質性と中小企業支援
生産性や規模の違いは撤退確率や被害の程度に大きな違いをもたらす。建物の被害を受けた中小企業は撤退しやすく、震災によるある種の「セレクション効果」が生じる。政府の支援政策が震災後の撤退を防ぎ、地域全体の生産と雇用の維持が政策目標であるならば、中小企業への手厚い支援が必要であろう。また、効率の良い資源配分を考えるならば、震災に備え事前の零細企業の合併や買収の推進も有効な政策となるだろう。今後、日本全体の中小企業の最適な数と規模、生産性を見直す必要があるかもしれない。

5、「災害の創造効果」と防災・復興へのたゆまぬ努力
最近の自然災害と経済学に関する研究では「災害の創造効果」が言われているが、我々の阪神大震災の分析でわかったように、創造効果はかなり限定的であり、災害を期に大きく経済成長したり、イノベーションが起こったりすることはなく「幻想」といってもいいかもしれない。震災後の状況や復興は決して楽観視はできず、厳しく長い道のりである。神戸が経験した、また東北地方が今直面しているようなさまざまな人々の粘り強い地道な努力が復興に必要不可欠と思われる。また、震災で亡くなった故人を偲び、被災者を思い、風化することなくたゆまぬ防災への努力が重要である。

6、政策のスピード:大胆、大規模かつ迅速な復興政策
本論文のサバイバル分析でわかるように、震災後、特に被災企業は、時を経て撤退確率が有意に高まっていく。また、生産性は一時的にしか上昇しない。したがって、被災企業の一刻も早い支援が重要になる。復興に対してはできるだけ早く大胆な政策を打ち出していく必要がある。そのためにも国を揺るがすような大震災時には、政府は権力を集中させて、強力なリーダーシップを発揮し、一元的に大規模、大胆かつ迅速な復興政策を打ち出すことが重要であり、政府の緊急体制、非常事態体制をしっかり綿密に検討しておくことが重要である。

7、経済学的視点での防災政策の必要性
厳しい復興の道のりであっても経済学的な視点からの政策や見方を積極的に取り入れることで、被災や生産の下落を軽減できたり、また、地震後の復興を促進するだろう。