競争とイノベーション:日本産業における逆U字の関係性

執筆者 八木 迪幸 (東北大学)/馬奈木 俊介 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 大震災後の環境・エネルギー・資源戦略に関わる経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「大震災後の環境・エネルギー・資源戦略に関わる経済分析」プロジェクト

産業組織論において、イノベーション活動は大企業、不完全競争下において促進されるといういわゆるSchumpeter仮説が長年検証されてきた。この第1の仮説については、企業規模とR&D規模は正に相関する一方で、企業規模が増大するにつれR&D生産性は減少するという関係性が多くの研究で示されている(Cohen and Klepper, 1996)。一方、第2の仮説である、市場競争とイノベーション活動との関係性は未だに結論がでておらず、多くの実証研究で市場競争がイノベーション活動を促進させる影響が示されている(Blundell et al., 1995)。

Aghion et al. (2005; 以下ABBGH)は、市場競争とイノベーション活動との間に逆U字の関係があるというモデルを構築し、1973-1994年におけるUKの17製造業の特許データを用いこれを実証的に示した。しかし、この逆U字の関係も結論がでていない(Tingvall and Poldahl, 2006)。

近年の日本におけるイノベーション活動と市場競争に関する研究では、まず伊地知ほか(2004, 2010)が、9257社(第1回)と4579社(第2回)による全国イノベーション調査を行っている。調査結果によると、イノベーション活動企業の74%がイノベーション活動は市場シェア拡大に効果があると回答した(第1回表27)。特にプロダクトイノベーションは、国内市場では75.6%、海外市場では80.5%の企業が各市場シェアの0%以上5%未満の拡大につながったと回答した(第2回図表4-11)。一方で、イノベーション非活動企業の51%が、市場状況により不必要だったためにイノベーション活動を行わなかったと回答した(第1回表59)。

Motohashi (2012)は、企業の生存確率にイノベーション活動が正と負どちらに影響するかを、2001年から2006年の事業所・企業統計調査と知的財産研究所の特許データと連結させたデータを元にプロビットモデルを用いて検証した。結果として、イノベーション活動は企業の技術力を増大させるというよりは、むしろ商業上のリスクを増大させる効果が大きいということを示した。

Inui et al. (2012)は、市場競争(ラーナー指数)が企業のTFP(全要素生産性)成長率に与える影響が逆U字となるかを、企業活動基本調査データからのべ5万9455社の標本を用い検証した。推定結果によれば、TFP成長率と競争変数との間には逆U字の関係がみられた(Table 4, 5, 7, 8)。この逆U字曲線の極点は1に近く、利益率が低い競争状態のときにTFP成長率が増加しやすい傾向がみられた。

本論文ではABBGHを、1964-2006年・60産業の日本企業データを用いて検証する。日本企業のデータは日経NEEDS、イノベーション変数は知的財産研究所のパテントデータベースより用いる。推定結果では、産業・年代の係数が一定の場合、ABBGH同様に逆U字が観測された。一方で、産業・年代ごとに係数が異なると仮定した場合、それぞれの産業・年代で逆U字が観測されなくなる傾向がみられた。さらに、産業ごとの実質為替レートを用いて内生性を考慮すると、逆U字が観測されない結果となった。

推定結果を踏まえると、数十年・数十産業のパネルデータでは、シンプルな相関をみると価格の利幅率と特許数との間に逆U字が見えやすい。ただし、この逆U字が各年代・各産業で異なると仮定したときに、それぞれで逆U字がみられるわけではなく、特に産業ごとのばらつきが大きい。

製造業においては、シンプルな相関では価格の利幅率が小さい状態において特許出願が発現しやすくみえる。しかし固定効果(各企業の技術機会)を考慮すると、競争の影響があるとは言えない場合が多い。一方で、非製造業では価格の利幅率が大きい場合のほうが特許が増加しやすい(特許に対する1-ラーナー指数のsemi-elasticityは中央値が約-1.5)。

競争政策においては、産業内の技術格差が小さい状態でイノベーション活動が促進される傾向がみえる(推定結果では、フロンティア企業TFPからの1%の遅れは、特許数の約0.005%の減少と相関がある)。ただし、TFPの低い非効率な企業を市場から撤退させるような競争政策は慎重になるべきである。これは、前述の通り、企業規模に応じてR&D額は増加しやすいが、企業規模の増加に応じてR&D生産性は減少する傾向があるためである。このため、TFPの低い企業が撤退し結果として生存企業の規模が増加したとしても、その生存企業はイノベーション活動をさらに促進する可能性が高いが、その一方でR&D生産性は減少すると予想される。今後の研究課題は、この市場内の企業数(参入・退出)と企業規模がイノベーション活動に与える影響分析と、各市場における技術機会の要素分析、フロンティア企業のTFPが上がった場合に他企業がそれに追随するかどうかの分析である。

図1:競争変数に対する引用数加重特許出願数(左:ABBGH、右:本研究)
図1:競争変数に対する引用数加重特許出願数(左:ABBGH、右:本研究)
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参考文献

  • Aghion, P., N. Bloom, R. Blundell, R. Griffith, P., and Howitt, 2005. "Competition and innovation: An inverted-U relationship," The Quarterly Journal of Economics, Vol.120(2), pp.701-728. DOI: 10.1162/0033553053970214 Cohen, W.M, and S. Klepper, 1996, "A reprise of size and R&D," Economic Journal, Vol.106 (437), pp.925-951. DOI:10.2307/2235365
  • Inui, T., A. Kawakami, and T. Miyagawa, 2012, Market competition, differences in technology, and productivity improvement: An empirical analysis based on Japanese manufacturing firm data, Japan and the World Economy, Vol.24(3), pp.197-206.
  • Motohashi, K., 2012, "Open Innovation and Firm's Survival: An empirical investigation by using a linked dataset of patent and enterprise census", RIETI Discussion Paper Series 12-E-036. http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/12e036.pdf
  • Tingvall, P.G., and A. Poldahl, 2006, "Is there really an inverted U-shaped relation between competition and R&D?", Economics of Innovation and New Technology, Vol.15(2), pp.101-118. DOI: 10.1080/10438590500129755
  • 伊地知寛博,岩佐朋子,小田切宏之,計良秀美,古賀款久,後藤晃,俵裕治,永田晃也,平野千博, 2004, 『全国イノベーション調査統計報告』, 文部科学省科学技術政策研究所, 調査資料; 110. http://hdl.handle.net/11035/871
  • 伊地知寛博,岩佐朋子,小田切宏之,計良秀美,古賀款久,後藤晃,俵裕治,永田晃也,平野千博, 2010, 『第2回全国イノベーション調査統計報告』, 文部科学省科学技術政策研究所, NISTEP REPORT; 144. http://hdl.handle.net/11035/657