ノンテクニカルサマリー

自然災害が事業所の成長に与える影響:阪神淡路大震災の分析

執筆者 田中 鮎夢 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 日本経済の創生と貿易・直接投資の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の創生と貿易・直接投資の研究」プロジェクト

問題意識

東日本大震災(2011)の発生から2年が経つ。その間、被災地の経済復興のために、グループ補助金による企業の再建支援など数多くの政策が実施されてきた。しかし、そもそも、災害を経て、被災地の企業・事業所がどのように再建していくのかについて、我々が知るところは少ない。

既存研究の多くは、災害によってむしろ被災した国・企業・事業所の成長が促進されるという「創造的破壊仮説」を唱えている。しかし、災害が1国や1企業の成長を促進したとしても、被災した地域や事業所は苦しむのではないか。本研究の目的は、阪神・淡路大震災が被災地の製造業事業所に及ぼした影響を明らかにし、東日本大震災への教訓を引き出すことである。

主要な分析結果

本研究は、阪神・淡路大震災で被災した神戸市の事業所を全国の事業所と比較することを通じて、自然災害が事業所の成長に及ぼす影響を解明した。純粋な震災の効果を推定するために、差の差推定法及びマッチング法と呼ばれる2つの計量分析手法を採用した。

分析に用いたデータは、『工業統計』(経済産業省、1993-1998)から得た。4人以上の製造業事業所全てを対象に分析を行った(資本は10人以上の事業所)。

分析の結果、震災後3年時点で、阪神・淡路大震災が神戸市の事業所に及ぼした影響は、以下の通りであることが明らかになった(表参照、マッチング法に基づく)。

1. 震災は神戸市の事業所の資本成長率を9.4%高めた。
2. 震災は神戸市の事業所の雇用成長率を7.4%低下させた。
3. 震災は神戸市の事業所の付加価値成長率を10.6%低下させた。

表:阪神・淡路大震災が事業所の成長に及ぼした影響
表:阪神・淡路大震災が事業所の成長に及ぼした影響

つまり、阪神・淡路大震災に関して、創造的破壊効果は資本にのみ観察された(図参照)。資本の増加の一方で、雇用は大きく減少し、結果として、付加価値は大きく負の影響を受けた。ここから、資本労働比率の歪みの結果、神戸市の製造業事業所の生産性が低迷したことが示唆される。

図:阪神・淡路大震災が事業所の成長に及ぼした影響
図:阪神・淡路大震災が事業所の成長に及ぼした影響

政策含意

本研究から、震災後に最も重要なのは、労働者をいかに確保するのかという点であることが分かる。建物や機械など物的資本の再建が比較的容易な一方で、労働者の確保は困難であった。資本に偏った復興は、資本労働比率の歪みを通じて、生産性の低下をもたらす可能性があることに留意しなければならない。

東日本大震災後、グループ補助金のような資本の再建を目的とした政策の他に、緊急雇用創出事業基金、被災者雇用開発助成金、失業手当の広域延長給付による雇用対策も行われた。物的資本と労働の両面に政策が実施されたことは評価できるが、これらの政策がどれほど有効であったか、今後検証が必要である。