ノンテクニカルサマリー

研究開発投資と生産性:日韓企業の比較分析

執筆者 金 榮愨 (専修大学)
伊藤 恵子 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 東アジア企業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「東アジア企業生産性」プロジェクト

問題意識と目的

近年、電気機械や自動車などいくつかの産業においては、世界市場での韓国企業のシェアが拡大しており、日本の同業種の企業が国際的な競争力を失いつつあるのではないか、との危惧がある。一方、マクロレベルでみても韓国は急速に研究開発支出を拡大させており、研究開発支出の対GDP比は2009年に日本を抜いている。

このように、韓国企業が急速に研究開発を活発化させ、世界市場でのプレゼンスを高めているが、生産性などのパフォーマンス指標でみて、韓国企業と日本企業との間にどれほどの差異が存在するのだろうか。上場企業のみを対象として生産性水準を比較したIto et al. (2008)では、ごく一部の韓国企業は日本企業の生産性を上回るが、平均的には韓国企業の生産性水準は日本企業の水準にまだ届いていないとの結果であった。本稿では、日本と韓国の製造業について、未上場企業も含む大規模な企業レベルデータを利用し、両国企業の生産性などのパフォーマンスの推移と研究開発(R&D)活動の大きさを分析した。分析対象とした製造業企業のサンプル数は、1995~2008年の年次データで、日本が約19万社(1年あたり約1万3000社)、韓国が約5万社(1年あたり約2000~5000社程度)である(注:日本のデータは、各年の企業数が非常に安定しているのに対し、韓国データは、新規にデータベースに入ってくる企業数が多く、分析期間中にサンプル数が徐々に増加している)。

分析方法と結果

まず、生産性の水準を国際比較可能な形で計測することは、非常に難しい。つまり、水準を国際比較するには、通貨ベースを統一する必要があるが、名目の為替レートで変換した金額が、財の実質的な価値を正しく表すのかどうかが疑問である。国際比較可能な生産性指標を算出するためには、数量ベースで生産性を計測するか、または金額ベースのデータしか得られないのであれば、各国の物価水準の差を考慮した購買力平価(PPP)を使用して産出額と投入額とをそれぞれ同じ通貨単位に変換する必要がある。本稿では、経済産業研究所によるICPA(International Comparison of Productivity among Pan-Pacific Countries)プロジェクトの成果として推計された、日本と韓国についての産業別PPPデータを利用し、日韓企業の生産性水準を国際比較している。

その結果、韓国企業は平均的に日本企業よりも利益率の水準が高く、労働生産性の水準も高く推移しているものの、全要素生産性でみると日本企業よりも低い水準にある(図1)。産業全体でも、また個々の産業別でも、韓国企業の全要素生産性の平均値をみると、日本の水準にキャッチアップしているようにも見えない。資本生産性をみると、韓国企業の平均は日本企業の平均よりも2割近く下回っており、その差はほとんど縮まっていない。これらのことから、韓国企業は資本に過剰投資しており、生産の効率性という面ではまだ日本企業に優位性があるといえるかもしれない。一方、韓国では近年、特に比較的規模の小さい企業が積極的にR&D支出を増やしており、その売上高に対する比率(R&D集約度)をみると、全体の平均では日本を若干上回る(図2)。ただし、個々の産業別にみると、ほとんどの産業でR&D集約度の平均値は日本企業の方が上回っている。このことから、韓国の方が、比較的R&D集約度の高い産業の企業の構成割合が高いともいえる。さらに、韓国の方が、企業間のR&D集約度のバラツキが大きく、集約度が突出して高い企業もいくつかある。しかし、全体的にみて、比較的小規模な韓国企業が特に近年、R&D投資を積極化していることがうかがえる。

さらに、生産性上昇に対するR&Dの貢献、つまり、R&D収益率を推定したところ、韓国では大規模または生産性が高い水準にある企業のR&D収益率が非常に高く、日本の同様な企業と比べて格段に高かった。日本では、小規模または生産性が低い水準にある企業のR&D収益率が比較的高い一方、韓国では、これら企業のR&D収益率は低い。このことが、韓国の平均的なTFP水準がなかなか日本にキャッチアップしない要因の1つといえるかもしれない。日本については、大規模または高生産性企業のR&D収益率がなぜ低いのか、さらに詳細な研究・分析が必要であろう。

まとめと政策インプリケーション

本稿の分析の結果、これまでのところ、韓国企業に対する日本企業の生産性優位は保たれているように思われる。しかし、韓国では比較的小規模企業に手厚いR&D優遇税制を導入しているためかもしれないが、小規模企業がR&D投資を積極化しており、将来、韓国の小規模企業がR&Dの効率性を高め、R&D収益率を向上させた場合、日本の生産性優位が揺らぐ可能性がある。現在のところ、日本は小規模企業のR&D収益率が高いが、近年は比較的規模の大きい企業がよりR&D投資を積極化し、小規模企業はあまりR&D投資を積極化していない。日本はもう少し、小規模だが有望な企業へのR&D優遇税を拡大してもよいかもしれない。一方、日本の大企業のR&D収益率は韓国の大企業と比べて格段に低いことから、大企業のR&D効率化も重要な政策課題かもしれない。大企業は世界市場を相手に競争していることを考慮すれば、政府としては、国際的な貿易・投資、知的財産などのルール構築、国際的な共同研究プロジェクトや研究交流の推進などの面で大企業を支援していくことが有効であろう。

図1:全要素生産性(加重平均)の推移
図1:全要素生産性(加重平均)の推移
図2:R&D集約度(平均値)の推移
図2:R&D集約度(平均値)の推移