ノンテクニカルサマリー

職場における男女間格差の動学的研究:日本大企業の計量分析的ケーススタディ

執筆者 加藤 隆夫 (コルゲート大学)
川口 大司 (ファカルティフェロー)
大湾 秀雄 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス―
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス―」プロジェクト

この論文では、日本のある製造業企業から提供された企業内人事データを用いて、男女間の賃金格差がどのように生まれているか探索的な検証を行った。同じ年齢、勤続年数、学歴の社員を比較した分析では未婚社員で16%、既婚社員で31%の男女間賃金格差があったが、その大部分は女性の昇進の遅れと少ない労働時間で説明することが出来た。長時間労働の人が昇進しやすいという関係は、女性ではかなり強く表れるものの、男性では有意な関係は見られなかった。また出産に伴うキャリアの中断は、男女間格差の拡大に大きく寄与しており、将来の給与所得の最大2、3割の減少をもたらしていることがわかったが、短期間で育児休業から戻る場合には、出産ペナルティは極めて限定的となる。こうした結果は、女性がキャリアを高めていくには、長時間労働を厭わず、育児休業から速やかに復帰して仕事へのコミットメントを示すことが要求されている現状を示唆している。
(JEL codes: J16, J31 and M51)

問題意識

日本では、過去数十年間、女性の就業機会の拡大と共に男女間賃金格差が縮小してきたが、国際比較で見ると、日本の男女間賃金格差は依然として韓国と並んで最高水準である。男女雇用均等に向けた法制度整備が進んでいる中、男女間賃金格差が高止まっているのは、多くの女性が非正規雇用の形態での就職を選択あるいは余儀なくされていることに加え、日本的な就労環境や夫婦間役割分担の特徴が影響を与えている可能性は否めない。後者の影響を見るためには、労働時間や就業の履歴に基づく分析が必要であり、企業内人事データに基づく分析が有効であると考えた。

結果の要点

以下の図は、労働時間と昇進率の関係を男女で比較したものである。横軸は年間労働時間、縦軸には回帰分析に基づいて計算した昇進確率を示している。男女で属性や現在の職階分布が異なるため、すべての正社員についてその人の属性を持つ人が男女1人ずついるという仮定で上の職階に昇進する確率を計算し、男女の昇進確率を全社員の平均として比較している。また図の下の小さな表はそれぞれの労働時間区分の男女それぞれの分布を表している。たとえば、年間総労働時間が1800時間に満たないものは、男性では6.8%しかいないが女性では43.3%と半数近い。労働時間と昇進確率の間には、女性の場合、長時間働く人は昇進確率が高いという関係が見られるが、男性では傾きは極めて緩やかであり、長時間労働が昇進の条件とはならないことがわかる(点線は95%信頼区間を示す)。

また、出産ペナルティの計算では、子供が1歳に達するまで育児休暇を取る人は将来所得が約2割減少するが、産前産後休暇のみで育児休暇を取らない人には出産ペナルティが認められないことなどが分かった。

図

政策的インプリケーション

組織内での男女間待遇格差の原因としては、長時間労働を前提とした仕事の進め方や、労働時間に制約がかかりやすい女性に対してより慎重な選別が行われていることなどが寄与している可能性が高い。女性の幹部登用や就業機会拡大のためには、仕事の無駄を省き労働時間の短縮を図ることや、男女で家事・育児負担の均等化などが社会的規範として定着することなどが必要となって来よう。したがって、労働時間短縮を促進する政策や、男性の家事・育児参加を奨励する政策などを地道に進めることが肝要だと考えられる。

2013年12月改訂