ノンテクニカルサマリー

実体取引と企業間信用

執筆者 鶴田 大輔 (日本大学)
内田 浩史 (神戸大学)
研究プロジェクト 効率的な企業金融・企業間ネットワークのあり方を考える研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第三期:2011~2015年度)
「効率的な企業金融・企業間ネットワークのあり方を考える研究会」プロジェクト

本稿は、日本全国の主に中小企業を対象とするアンケート調査から得たデータを用い、企業がリーマンショック後の外生的なショックに対応するために、仕入れ先との間で取った実物的対策(仕入数量や価格の引き下げなど)および金融的対策(支払いサイトの延期、掛け払い比率の引き上げなど)が、企業間信用(買掛金+支払手形)の額の有意な変化を引き起こしているかどうかを明らかにしたものである。

得られた結果によると、実物的対策(仕入数量の減少)を取った企業は企業間信用が有意に減っていたのに対し、金融的対策(買掛金支払期日の延長)を取った企業は企業間信用が有意に増えていた。ただし全体として、金融的対策を取った企業よりも実物的対策を取った企業の方が数が多かった。これらの結果について、分析対象企業全体の効果を集計して図示したのが次の図である。

図

図からわかるように、サンプル企業全体(1638社)で集計すると、実物的対策による企業間信用の減少(260社合計約170億円)は金融的対策による企業間信用の増加(19社合計約21億円)よりも大きな額となっている。これらの結果は、企業間信用の真の変動要因は企業間信用自体の条件変更ではなく、背後に存在する実物取引の変化によるものであることを示唆している。

本稿の結果は、少なくともリーマンショック後の景気後退期において、我が国企業の買掛金や支払手形の変動要因が、金融的な要因ではなく実物的な要因であることを示している。買掛金や支払手形は企業の重要な負債項目であり、学界では資金調達手段の1つと見做されることが多いが、本稿の結果は企業が資金調達のために企業間信用を用いているというよりも、実物取引の結果として企業間信用が変動する、という効果の方が大きいことを表している。

従って、本稿の結果は、少なくともリーマンショック後の時期の日本においては、企業の資金繰りの調整のために企業間信用が用いられていたのではないことを意味している。また本稿では、企業が資金繰りに関して銀行を頼っていたことを示唆する結果も得られている。このことから、企業の資金繰りを改善するためには企業間信用ではなく銀行借入が重要であると考えられ、たとえば銀行借入を促進するような政策(信用保証など)が景気後退期の企業の資金繰りを適切に支えることができる可能性が示唆される。

ただし、リーマンショックは日本経済に対しては金融ショックではなくむしろ実物的なショックであり、銀行部門には大きな問題がなかった。このため、銀行借入による資金繰り調整に支障が出なかったために、上記のような結果が得られた可能性もある。すると、もし金融危機が発生した場合には、資金繰りに関しては銀行を頼る、という道は閉ざされているかもしれず、その際には企業間信用による受信が重要になる、という可能性も完全には否定できない。

とはいえ、企業が資金繰りを改善するために企業間信用の支払い条件の緩和を求めることは、実際には難しいと考えられる。これは、支払いの繰り延べを求めることが仕入れ先に対して信用力悪化という悪いシグナルを発信することになり、その後の取引に悪影響を及ぼす可能性があるからである。したがって、金融危機時の企業の資金繰りに関しては、やはり銀行からの借り入れが滞ることの無いよう、信用保証、そして銀行・金融機関に対する援助等によって、ショックに対応するための資金供給を促進することが重要であると考えられる。

最後に、本稿の結果は仕入先企業による資金繰り支援によって買入債務が増加する可能性は少ないことを示唆しているが、このことは、仮に景気後退に際して仕入額が減少しているにも関わらず買入債務が大きく増加した企業が見られた場合、その企業は単純に支払不能に陥っている可能性が高いと考えられる。つまり、こうした場合の買入債務の増加は純粋に企業の信用リスクの悪化を表している可能性が高く、企業・金融機関や信用保証協会が取引相手あるいは借手の信用リスクを評価するうえで、企業間信用の受信動向を積極的にモニターすることに意義があると言える。