ノンテクニカルサマリー

同期入社の社員数が昇進並びに賃金に与える影響

執筆者 荒木 祥太 (一橋大学)
加藤 隆夫 (コルゲート大学)
川口 大司 (ファカルティフェロー)
大湾 秀雄 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス―
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス―」プロジェクト

問題意識

2008年の金融危機以降、多くの国々で失業率が上昇し回復のペースが遅れていることが問題になっている。特に若年層の失業率の上昇が問題視されているが、若年期に就業経験を積めないことが技能蓄積機会を奪い、そのことが継続的な失業率の上昇につながってしまうことが懸念されている。このような問題意識を背景に学卒時の景気動向がその後の賃金や雇用に与える影響についての検証がなされているが、多くの先進国での実証研究は景気の悪い時期に学校を卒業した労働者はその後長期にわたって低賃金となり、就業機会に恵まれない傾向があることを示している。景気の悪い時期に就職するとその後のキャリアに悪影響が及ぶのは、キャリアの発展があるような仕事のほうが需要感応的であり、不景気の時期にはその数が減るからだという説明がなされている。しかし、同じ企業の中の仕事の種類が好景気の時期と不景気の時期で異なるために発生する差異なのか、キャリアの伸びが期待できるような仕事を多く持った企業が不景気の時には求人をしないためなのか、そのメカニズムは十分に明らかになっていない。

また特定の企業に不景気の期間に入社した社員は、同期入社の人数が少なく昇進確率が高くなる可能性がある一方、キャリア発展のある仕事に配属されず昇進確率が下がるという可能性もある。どちらの効果がより重要なのか、製造業の2企業の人事データを用いて検証した。

結果の要点

以下の図は某部品メーカーの新卒採用人数のグラフである。1994-1996年並びに2000年に大幅に採用人数が落ち込んでいるのがわかる。勤続年数の影響を制御したうえで、これら同期入社数が少なかった世代とそうでない世代を比較すると、同期入社の規模が小さな世代に入社したものは昇格する可能性が高く、賃金も高いことが明らかになった。同様の分析を行った他のメーカーについても同じ傾向の結果が得られた。

図

政策的インプリケーション

卒業時に景気が悪いことは良い仕事に就ける確率を下げることが知られていたが、この研究はいったんある会社に入社すると、その会社の中での昇進・昇給確率が上がることを明らかにした。結果として労働市場への大きな負のショックは賃金や雇用の平均的な減少をもたらすのみならず、仕事を探すことができた幸運な労働者の昇進・昇給確率の向上をももたらすことが明らかになった。政策担当者はこの分配上の帰結にも配慮しつつ、経済安定化の政策を行うことが重要であろう。

同期入社の人数が減ると昇進の確率が上がるという発見は、キャリアの初期の段階においては同期入社のグループが社内トーナメントを行うにあたって重要な比較対象群となっていることを意味している。日本型雇用慣行の重要性の低下が指摘されているが、大企業に勤める大卒ホワイトカラーの中では社内中央で管理されたキャリア形成が重要な役割を引き続き果たしていることの証左といえよう。労働法の改正などにあたっては、社内キャリア形成に重点を置いた大企業の雇用管理の経済合理性にも配慮した規制を慎重に考えていく必要がある。

2013年12月改訂