ノンテクニカルサマリー

産業集積と企業間取引ネットワーク構造

執筆者 中島 賢太郎 (東北大学)
齊藤 有希子 (研究員)
植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 効率的な企業金融・企業間ネットワークのあり方を考える研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第3期:2011~2015年度)
「効率的な企業金融・企業間ネットワークのあり方を考える研究会」プロジェクト

産業の地理的集積は、イノベーションや生産性の上昇などを通じて地域経済の活性化へ貢献することが期待され、産業クラスター政策など、産業集積の程度を高めて経済全体の付加価値を高めようとする政策がさまざまな形で講じられている。本稿は、このような政策評価を行うための基礎として、日本の製造業における集積の状況、および要因について、特に企業間取引の観点から理解しようとするものである。

企業間取引は、その費用を節約するという経路から、産業集積を促進する効果を持つことが指摘されてきた。つまり取引を行う企業同士が地理的に近接して立地することで、物理的な製造品の輸送費用や、取引に必要なさまざまなコスト(仕様決定のための打ち合わせ費用等、取引に必要なあらゆるコスト)が削減でき、このことが企業利潤の向上につながるというのである。本研究ではこのことについて実際のデータから分析を行った。

取引関係と一口に言ってもその構造は極めて複雑で、多様である。図1は、実際の産業内取引関係を示したものである。図1(a)は、金属被覆・彫刻業、熱処理業、図1(b)は、航空機・同附属品製造業であるが、この2つの産業は、極めて異なった取引関係の構造を持つことが見て取れる。金属被覆・彫刻業、熱処理業は、全ての企業がほぼ同じ数の取引相手を産業内に持つのに対し、航空機・同附属品製造業では少数の企業がハブとなって多くの取引相手を集めている。本研究ではこのような取引関係のネットワーク構造の違いに注目し、これが企業立地に与える影響について分析した。

具体的には産業ごとに立地集積の度合いを計算し、さらに各産業の取引ネットワーク構造を2つの指数、産業内取引参加率と取引相手不平等度(この指数が大きい事は、ハブ企業が取引を集めている構造であることを示すと解釈できる)として集計し、これらの関係を回帰分析によって検証した。

その結果、まず産業内取引参加率の上昇が立地集積を促すことが示された。これは産業内取引を行う企業が多ければ企業集積が起きることを示しており、取引費用を節約する意味でのクラスター構築を示唆する結果と解釈できる。さらに取引相手不平等度の上昇は、産業立地を分散させる方向に働くことが示された。これは少数のハブ企業が取引を集めているような構造を持つ産業(図1b)ほど、立地が地理的に分散していることを示すものであり、ハブ企業のような購買力を持つ企業が取引費用にかかわらず、高い品質等を求めて遠方からの買い付け等を行う行動と整合的な結果と考えられる。

以上の結果は、取引距離の短縮というのが産業集積の1つの大きなモチベーションになっていること、この効果は、専門知識やイノベーションの波及・吸収を求めて企業が集積するといった効果と比較しても相対的に大きなものであること、さらに取引距離の短縮のみが集積の要因であるわけでなく、取引ネットワークの中に大きなハブとなる企業がいるかどうかといった、ネットワーク構造までもが企業の立地に大きな影響を与えていることを示すものである。

本研究で示されたような取引ネットワーク構造と立地との関係についての分析の重要性は、先の東日本大震災の際に、震災という地理的に局所的な被害が、サプライチェーンという取引関係を通じて日本・世界に拡大したという事例からよりいっそう明らかとなった。本研究の結果は、今後予想される自然災害への対応についても、特にサプライチェーン管理の観点からの政策的含意を与えるものと考えられる。すでにこれまでの研究から、ハブ構造を持つようなネットワーク構造は、ネットワーク上の局所的ショックの波及が極めて大きい事が示されている。本稿の結果はこのようにネットワークにハブ構造を持ち、震災のように、地理的に局所的なショックを波及させやすい産業ほど地理的に広く分散していることを示すものである。このようなハブ企業を持つ産業においては、取引先の分散や取引先仲介者の整備など、サプライチェーンを通じたショックの波及への適切な対応策を政策的に整備しておく必要性を示唆すると考えられる。

企業間のネットワークデータを大規模に用いた分析は、他国におけるものも含めて緒に着いたばかりである。今後共同研究開発などの関係にも分析対象を広げることにより、産業集積が取引関係や、さらにイノベーションなどを通じて企業の生産性を向上させる経路を明らかにすることが期待される。

図1:ネットワーク構造の例
図1:ネットワーク構造の例