ノンテクニカルサマリー

貿易自由化の垂直的直接投資に対する影響:日本の企業レベルデータによる実証分析

執筆者 早川 和伸 (ジェトロ・バンコク研究センター)/松浦 寿幸 (慶應義塾大学産業研究所)
研究プロジェクト 我が国の企業間生産性格差の規定要因:ミクロデータを用いた実証分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第3期:2011~2015年度)
「我が国の企業間生産性格差の規定要因:ミクロデータを用いた実証分析」プロジェクト

問題意識

1990年後半以降、わが国では急速に東アジア諸国向けの直接投資が拡大している。その多くは、工程間分業を伴う直接投資(いわいる垂直的直接投資)であり、日本では資本集約的な中間財を生産し、東アジアの海外進出先では、組み立てなどの労働集約的な生産工程を行うといった国際的な生産分業が行われている。こうした国際的な生産分業の拡大の背景には、海外に進出する際にかかるセットアップコスト(固定費)の低下と中間財の貿易コストの低下があるとされている。

さらに興味深いのは、中堅・中小企業の海外進出の拡大である。中小企業の中には、系列組み立てメーカーの海外移転に伴い、追随して海外に進出する企業も存在するが、規模の小さい企業であって、労働集約的な生産工程のコスト削減のために途上国に進出している企業も少なくない。従来の海外直接投資に関する理論的・実証的な研究では、海外直接投資には固定費がかかるため、ある一定の生産性水準を超える企業のみが海外生産に従事するので、海外進出企業と国内企業の間には生産性格差が存在することが知られている。この海外生産を実施できるか否かを決める生産性水準のことを海外直接投資の生産性カットオフ水準と呼ぶが、わが国では、中小企業の海外進出の増加を反映して、1990年代後半ごろより生産性カットオフ水準が低下してきていることが指摘されている(Obashi et al. 2009, Wakasugi and Tanaka, 2012)。

本論文では、海外進出企業と国内企業の生産性格差に注目し、海外直接投資実施の生産性のカットオフ水準が低下するメカニズムを理論的に整理する。そして、途上国の貿易自由化の影響を定量評価することで、今後期待されるTPPやRCEP(東アジア地域包括的経済連携)による、さらなる貿易自由化の影響を考察する。

先行研究の問題点

海外進出企業と国内企業の間に生産性格差があるという事実については、欧米の研究者を中心に精力的な研究が行われてきた。たとえば、Helpman et al. (2004) では、独占的競争市場において、企業は自国から輸出するか海外で生産するかという選択に迫られた企業を想定し、以下のようなロジックで海外生産企業と国内生産企業の生産性格差を考察している。企業は、海外に財を供給する際に、貿易コストが低ければ国内で生産し輸出を行う。しかし、何らかの貿易障壁の高まりにより、輸出による海外市場アクセスが著しく高コストであるときに、海外でのセットアップコストを支払ってでも利益を上げられるだけの高い生産性を持つ企業のみが海外生産を実施するというものである。

ただし、この理論的枠組みでは、国内と海外で同じ製品を生産する水平的直接投資が想定されており、東アジアで広くみられる工程間分業は考慮されていない。また、直接投資の決定が、輸出に伴う貿易コストと海外生産のセットアップコスト(固定費)のトレードオフで決定されているので、この点でも、途上国でみられる貿易自由化の進展とともに直接投資が増加するといった事実を説明するには適切ではない。

本研究の理論的枠組みと実証分析

本研究では、Helpman et al.(2004) の理論的枠組みを拡張し、技術集約的な中間財工程と単純労働集約的な最終財工程の2つの生産工程を持つ企業が、どのような環境で単純労働集約的な工程を海外移転するかを考察した。この枠組みでは、企業は途上国に進出することで単純労働集約的な最終財生産工程の生産コストを節約できるが、一方で海外生産のためのセットアップコスト(固定費)と自国から外国に中間財を輸送するための貿易コストがかかることが仮定される。企業が海外生産を行うためには、固定費と中間財の輸送費用を支払ってもなお利益が上げられるだけの高い生産性水準が求められる。この枠組みに基づくと、貿易自由化による貿易コストが低下すると、海外直接投資を実施する際に必要とされる生産性のカットオフ水準が低下することになる。

上記の理論仮説を検証するため、本稿では、経済産業省による「企業活動基本調査」と「企業活動基本調査」の個票データを用いて、日本企業の東アジア5カ国(中国、タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポール)向けの1994年から2003年にかけての海外直接投資に注目し、実証分析を行った。ここで注目したASEAN4カ国については1995年に、中国については2003年にWTO加盟が実現し、貿易自由化が加速しており、大幅な関税率の引き下げが行われている。実証分析では、ロジット・モデル、あるいは多項ロジット・モデルを用いて、直接投資実施の意思決定を分析したが、関税率の引き下げにより、生産性カットオフ水準が低下し、国内企業のうち、比較的生産性の高い企業から海外直接投資を開始したことが明らかとなった(図参照)。こうしたメカニズムは、垂直的直接投資の定義をさまざまな形で変更した場合であっても、同様の結果が得られている。

図:生産性カットオフ水準の変化
図:生産性カットオフ水準の変化
注)Non-MNEは、分析期間中に海外進出していない企業、Incumbent MNEは、1994年時点で、すでに海外進出している企業、New-MNEは、1994年から2003年の間に海外進出した企業を指す。

本研究から得られる政策的含意

途上国、とりわけ、東アジアではここ20年の間に急速に貿易自由化が進展しており、本論文の実証分析の結果を踏まえると、近年の比較的生産性の低い企業による直接投資の拡大は、貿易自由化による直接投資実行に関わる生産性のカットオフ水準の低下によるものと結論付けることができる。わが国では、TPPやRCEPなど、さらなる貿易自由化の枠組みに関する議論が活発化している。こうした東アジア地域における自由貿易体制の強化は、垂直的直接投資の拡大を通じて、国際分業体制を強化するものであり、大企業のみならず中小企業においても幅広く国際分業の利益を享受できるようになるものと考えられる。

参考文献

  • Helpman, E., M. Melitz and S. Yeaple, 2004, Export versus FDI with heterogeneous firms, American Economic Review, 94(1), pp. 300-316.
  • Obashi, A., K. Hayakawa, T. Matsuura and K. Motohashi, 2009, A two-dimensional analysis of the impact of outward FDI on performance at home: Evidence from Japanese manufacturing firms, Discussion papers 09053, Research Institute of Economy, Trade and Industry.
  • Wakasugi, R. and A. Tanaka, 2012, Productivity Heterogeneity and Internationalization: Evidence from Japanese Firms, Millennial Asia, 3(1), pp.45-70.