ノンテクニカルサマリー

国際間生産性格差と輸出:日仏企業の比較分析

執筆者 Flora BELLONE (University of Nice Sophia-Antipolis and GREDEG)
清田 耕造 (ファカルティフェロー)
松浦 寿幸 (慶應義塾大学)
Patrick MUSSO (University of Nice Sophia-Antipolis and GREDEG)
Lionel NESTA (Observatoire Français des Conjonctures Economiques (OFCE))
研究プロジェクト 我が国の企業間生産性格差の規定要因:ミクロデータを用いた実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「我が国の企業間生産性格差の規定要因:ミクロデータを用いた実証分析」プロジェクト

問題意識

近年、企業レベルのデータの整備に伴い、企業の生産性の研究が活発に行われている。特に国際貿易の分野では、企業の生産性と輸出の関係に注目が集まっている。これまでの研究を通じて、輸出企業の生産性が輸出をしない企業(非輸出企業)の生産性よりも高いことが多くの国で確認されていた。しかし、これまでの研究は、二国間の輸出企業同士(あるいは非輸出企業同士)の間に生産性の格差が存在するか、と言った国際比較の視点に欠けていた。

本研究は、日仏製造業の大規模企業データをもとに、以下の2つの疑問に答えようとするものである。
1) ある国の輸出企業は別の国の輸出企業よりも生産性が高いのか。
2) もしそうだとすれば、それらの違いに何か系統的な関係は存在するのか。

分析手法

本研究では、個々の企業情報の秘匿という観点から、指数の方法を応用して生産性を計測した。その方法とは、全ての企業の生産性を、フランスの平均的な企業(平均企業)の生産性を基準にして計測するというものである。具体的には、次の4つのステップにまとめられる。
1) 日仏両国の平均企業の生産性を計算する。
2) 各国の各企業の生産性を、それぞれの国の平均企業からのかい離として計算する。
3) 日仏両国の平均的企業の情報のみを日仏間で共有し、日本の平均企業の生産性を、フランスの平均企業からのかい離として計算する。この時点で、日本の平均企業の生産性は、フランスの平均企業の生産性を基準として測られることになる。
4) 最後に、日本の各企業の生産性をフランスの平均企業からのかい離として計算する。

この方法によって、日仏の全企業の生産性がフランスの平均企業の生産性からのかい離として計算されることになり、全ての企業の生産性を同じ基準で比較することが可能になる。

この方法の利点は、企業の生産性の国際比較を行う上で、両国の平均企業の情報のみを交換すればよい点にある。指数の方法を応用すれば、個々の企業の情報を国際間で交換しなくても、平均企業の情報を交換するだけで、全ての企業の生産性の国際比較が可能になる。

また、生産性の国際比較を行うためには、貨幣単位を統一する必要がある。国際比較の分析では、為替レートをそのまま用いて貨幣単位を統一すると、生産性の変動が為替レートの変動に強く依存するという問題が出てくる。このため、本研究では、日仏両国の購買力平価指数を用いて貨幣単位の統一を行った。購買力平価指数については、欧州で実施された産業別生産性比較研究プロジェクト(EUKLEMS)によって整備された指数を利用した。

分析結果のポイント

本研究の主要な結果をまとめたのが次の表である。各セルの数値は、日仏企業間の生産性の平均的な格差を表わしており、プラスであれば日本企業の生産性が高く、マイナスであればフランス企業の生産性が高いことを意味している。たとえば、表の一番左上の0.02という数値は、日本企業の生産性がフランス企業の生産性より平均2%高いことを表わしている。

また、黄色で色付けされたセルは日本企業の生産性が高く、青色で色付けされたセルはフランス企業の生産性が高いことを意味している。All firmsの列は、全企業の生産性を日仏で比較した結果、Non-exportersの列は日仏の非輸出企業同士を比較した結果、Exportersの列は輸出企業同士を比較した結果である。

我々が特に注目した結果は、次の2点である。第1に、日仏企業の生産性格差は、それぞれの国の比較優位構造とおおむね整合的であることである。All firmsの列をみると、機械関連の製造業で日本企業の生産性が高く、印刷・出版(5. Printing and publishing)、化学製品製造業(6. Chemical products)ではフランス企業の生産性が高くなっている。こうした生産性格差のパターンは、貿易データで計算される比較優位のパターンと整合的である(Discussion PaperのTable 10を参照)。

第2に、日仏間の国際的な生産性格差が企業の輸出と密接に関連していることである。具体的には、輸出企業の生産性格差は、産業全体の平均的な生産性の格差と系統的に異なっており、日本企業が生産性の高い産業(黄色のセルの産業)では、日仏企業の生産性格差が大きくなる傾向にある。たとえば、自動車産業(16. Motor vehicles)を見てみると、All firmsの生産性格差は0.64、Exportersの生産性格差は0.67と、Exporterの格差がAll firmsの生産性格差を上回っていることがわかる。同様の傾向は黄色のセルの全ての産業で確認できる。

一方、フランス企業の生産性が高い産業(青色セルの産業)では、日仏企業の生産性の格差が小さくなる傾向がある。たとえば、化学製品製造業(6. Chemical products)では、All firmsの生産性格差は-0.29だが、Exportersの生産性格差は-0.27と、Exporterの格差がAll firmsの生産性格差を下回っていることがわかる。同様の傾向が青色のセルの全ての産業で確認できる。

インプリケーション

これらの系統的なパターンは輸出企業に限って観測されることに注意して欲しい。そして、輸出企業と非輸出企業の決定的な違いは、輸出企業が貿易のコストを必要としているという点である。もし仮に両国の貿易コストがゼロになれば、全ての企業は自由に輸出できるようになり、輸出企業の生産性格差は全企業の生産性の格差と一致する。このとき、国際間の生産性格差は比較優位の違いを反映することになる。

もし貿易コストが存在していれば、輸出企業だけでなく、非輸出企業も存在することになる。ここで、日仏企業の直面する貿易コストが同じなら、日仏間の輸出企業の生産性格差は日仏企業の平均的な生産性格差と一致する。しかし、両国の貿易コストの違いが大きくなれば、日仏間の輸出企業の生産性格差は、日仏企業の平均的な生産性格差からかい離していくことになる。

一般に、日本企業はフランス企業よりも高い貿易コストに直面しているため、生産性が高くなければ輸出企業になれない。一方、フランス企業は、貿易コストが低いため、生産性が低くても輸出企業になれる。このため、日仏企業の輸出企業同士を比較すると、日本が比較優位にある産業で生産性格差が拡大し、日本が比較劣位にある産業で格差が縮まるという傾向が表れていると考えられる。本研究の結果は、日本には、たとえ比較優位があっても高い貿易コストが存在するために、輸出できない企業が存在していることを示唆している。言い換えれば、貿易のコストを下げることができれば、より多くの企業に輸出のチャンスが生まれ、比較優位を生かした貿易パターンが可能になる。

本研究の貿易コストには、日本企業が(島国という地理的な条件のために)直面せざるを得ない物理的なコストだけでなく、政策的に引き下げることが可能な貿易障壁といったものも含まれる。たとえば、貿易自由化を通じた関税・非関税障壁の引き下げは、貿易コストの低下につながる。このため、貿易自由化には、貿易量を拡大するという利点だけでなく、より多くの企業に輸出のチャンスをもたらすという利点もあるといえる。

表