ノンテクニカルサマリー

日本の製造業におけるオフショアリング・バイアス

執筆者 深尾 京司 (ファカルティフェロー)
新井 園枝 (コンサルティングフェロー)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

全要素生産性(TFP)を測定する際には通常、セクターiからセクターjへの名目中間投入額を、セクターiの生産物に関するデフレーターで実質化することにより実質中間投入の寄与を計算する。しかしこの方法では、一部の産業や企業が独自に開拓した海外のサプライヤーや現地法人から特別に安価に調達する中間財・サービスを増やすと、経済学者はこれらの産業や企業の実質中間投入が減少したと誤認し、そのTFP上昇を過大評価する危険がある。これをオフショアリング・バイアスと呼ぶ。Erwin DiewertやSusan Housemanの研究をはじめ、米国を中心にこの問題が関心を集めている。

日本は米国と異なり、どの産業が海外からの輸入中間投入を特に増やしているかについて特別な調査に基づき統計を作成していること(非競争輸入型産業連関表と呼ばれる)、国内と海外の中間投入コストを比較する統計を作成していること、中国をはじめアジア諸国の安価と考えられる中間財輸入が急増していること、等によりこの問題を分析するには理想的な国である。そこで本論文では、非競争輸入型産業連関表を使って算出した各産業のTFP上昇と、米国のようにこの情報が無いため、各中間財についてすべての投入産業で輸入中間財投入額/国産中間財投入額比率が同一と仮定して算出した各産業のTFP上昇を比較することにより、オフショアリング・バイアスの規模を評価してみた。

主な分析結果は次のとおりである。

1)図1に示すように、日本では1995‐2008年に輸入中間財価格が国産中間財価格と比べて40%下落した。この時期円の実質実効レートは50%減価したから、輸入価格の相対的下落は円高によるものでは無い。おそらくアジア諸国等からの低廉な中間財輸入の拡大が大きく寄与している可能性が高い。

図1:輸入中間財価格/国産中間財価格と実質実効為替レートの推移:1995-2008
図1:輸入中間財価格/国産中間財価格と実質実効為替レートの推移:1995-2008

2)この時期に重要な機械部品を含め多くの中間財について、輸入中間財価格/国産中間財価格比率が大きく下落した。たとえば集積回路では33%、半導体では28%相対価格が下落した。

3)輸入中間財価格が大きく下落した財の多くにおいて、これを投入している産業間で輸入中間財投入額/国産中間財投入額が大きく異なっていた。たとえば集積回路や半導体の場合、電機産業では輸入中間財投入額/国産中間財投入額比率が高く、他の産業ではこの比率が低い傾向があった。

4)輸入中間財投入額/国産中間財投入額比率が産業間で異なることを無視すると、一部の産業で大きな正や負のオフショアリング・バイアスが生じる。1995‐2008年の変化については、航空機、液晶素子、集積回路など13の産業で、実質中間投入増加を2.5%以上過小評価し、TFP上昇を1.7%以上過大評価することが分かった。また携帯電話機、ラジオ・テレビ受信機、その他の光学機械など6つの産業で、実質中間投入増加を3.3%以上過大評価し、TFP上昇を1.9%以上過小評価することが分かった。

現在、日本産業生産性(JIP)データベースを含め多くの産業レベルや企業レベルの生産性分析において、実質中間投入の推計には非競争輸入型産業連関表を用いていない。このため、本論文で試算したようなオフショアリング・バイアスを被っている可能性が高い。重要な機械産業を含むかなりの数の産業で比較的大きなオフショアリング・バイアスが生じていることから判断して、産業レベルや企業レベルの生産性分析では今後、この問題を考慮することが望ましいと考えられる。

なお、本論文で利用した日本の「非競争輸入型産業連関表」(総務省をはじめとした10府省庁共同作業の基本表)や経済産業省「産業向け財・サービスの内外価格調査」(本論文ではまだ利用しなかったが、我々は今後利用することを検討している)は、オフショアリング・バイアスを推計するための基礎情報を提供する重要な統計である。米国をはじめ他の多くの先進諸国は同様の調査をまだ実施していないが、米国の統計部局で導入を検討中であるなど、これらは日本が世界に誇る統計調査だといえる。今後、日本をはじめ先進諸国において企業のオフショアリングが拡大するにつれ、これらの統計調査の重要度は更に高まっていくと考えられる。