ノンテクニカルサマリー

JSICサービス産業業種のイノベーション・システム特性分析-テキストマイニングによるイノベーション・ファクター感応度の計測-

執筆者 尾崎 雅彦 (上席研究員)
研究プロジェクト 日本における無形資産の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本における無形資産の研究」プロジェクト

潜在成長力の低下が懸念される日本経済において、GDPの7割を超えるウェイトを持つサービス産業の活性化は最重要課題の1つである。しかし、サービス産業分野でのイノベーション研究や生産性分析において2つの問題が存在している。1つは製造業に比べて統計整備が遅れているデータ制約であり、もう1つは業種分類問題である。一般に使用される業種分類は主に生産物の種類によって分類されているので、生産物が多様でかつ変化が著しいサービス産業をこのような業種分類を用いて分析しようとすると、イノベーション生成の仕組みが異なる企業・事業所が混在する集団を同一業種として分析することとなり、内的変化や・外的ショックの影響を正しく把握できない。

本研究では、テキスト・マイニング手法を用いて日本標準産業分類(以下JSIC)の細分類業種のイノベーション・システム特性を明らかにし、その特性の類似性によっての細分類業種をセクター分類(カテゴリー化)することを試みた。テキスト・マイニングは、定型化されていない文章(自然文)を自然言語解析し、特定の単語やフレーズの出現頻度を計測することで有用な情報を抽出する技術・手法である。新聞紙上において、特定業種に関する記事の文中にある特定の単語が高い頻度で現れる(出現率が高い)ならば、同記事の読者である当該業種の利害関係者はその単語に対して高い関心を抱いている(感応度が高い)と考えられるので、この計測により細分類業種のイノベーション・システム特性を把握できる。

イノベーション・システム特性を3種のイノベーション・ファクター((1)知識・技術:SSI-1、(2)アクターとネットワークによる相互作用:SSI-2、および(3)規制等の制度:SSI-3)に対する感応度の高低で表現すると、2の3乗で8種類のセクターにカテゴリー化することが可能となる。SSI-1およびSSI-2はイノベーション促進的なイノベーション・ファクターであるのでこの2つのファクターに対する感応度が高いセクターに属する細分類業種はイノベーション・ポテンシャルが高く(逆は逆)、また、イノベーション抑制的なSSI-3の感応度が高いセクターに属する細分類業種はそうでない業種に比してイノベーション・ポテンシャルが低い(逆は逆)ということになる。

SSI-1とSSI-2の感応度の高低の組合わせを横に、SSI-3の感応度の高低を縦に区分して示したマトリックスに、該当するイノベーション・システム特性を持った細分類業種を配したものが以下のセクター図である。

本研究において分析対象となった42業種は8種のセクターに分類され、各セクターはセクター分類(カテゴリー化)の考え方に則して各々異なるイノベーション・システム特性と同特性から予測されるイノベーション・ポテンシャルを持つと予想される。このことを確かめるためには、イノベーション・ファクターの感応度(SSIキーワードの出現率)と中長期的なパフォーマンス(JIPデータベース産出額およびTFPの変化率)との関係を調べる必要がある。

相関関係を分析したところ、予測通りにイノベーション促進的なイノベーション・ファクターへの感応度が高い業種のパフォーマンスは高く、イノベーション抑制的なイノベーション・ファクターへの感応度が高い業種は、そうでない業種に比して低いパフォーマンスを示すことが確認された。

このセクター図を用いることにより、イノベーション研究や生産性分析を行う際の業種分類問題が緩和され、また業種別にイノベーション・ファクターに基づくイノベーション・システム特性が明らかにされるため、分析視点のプライオリティ決定の材料が得られ、さらに同一セクターに配された業種は類似のイノベーション・システム特性を持つので、異業種での分析結果が活用可能となる(これはデータ制約緩和にも繋がる)。

セクター図は研究のみならず、実務においても活用できる可能性がある。政策企画立案者にとっては、各業種のイノベーション・ポテンシャルを知ることができるため、政策プライオリティ決定の材料となり、また、SSI-3の感応度が明らかにされているため、産業横断的な規制等政策の業種毎の影響度を予測する際の参考になろう。さらに、企業経営者の利用も考えられる。サービス産業は企業間格差が大きいためベストプラクティス波及効果が大きい(森川、2009)ことが知られているが、ベストプラクティスに関連する情報を同業者からだけではなく、同一セクターに属する異業種企業からも得られる可能性を提示するからである。

なお、今回行った研究では、分析対象となったテキストデータサイズの 問題によりサービス産業42業種に限定されたが、分析技術上の工夫によってデータサイズが拡大できればサービス産業全業種を時間的変化も含めてセクター分類できる。また、今回の研究で導出したイノベーション・ファクター情報は細分化可能であり、たとえば、知識・技術を科学と技能、相互作用を競争と協調、制度を内部と外部にブレークダウンして分析すれば多角的視点で多様なセクター分類が可能となる。本研究はこのように拡張性を持っているが、最終的には、製造業も含めた全産業をセクター分類し、マクロレベルでの効率的なイノベーション生成に寄与するセクター図を作成したいと考えている。

参考文献

  • 森川正之(2009), 「サービス産業の生産性分析」~政策的視点からのサーベイ~, 日本銀行ワーキングペーパーシリーズ, 09-J-12
  • Franco Malerba(2004) "Sectoral systems of innovation: basic concepts" in F. Malerba ed. Sectoral Systems of Innovation, Cambridge University Press, pp.9-41