ノンテクニカルサマリー

サービス産業における賃金低下の要因~誰の賃金が下がったのか~

執筆者 児玉 直美 (コンサルティングフェロー)/乾 友彦 (日本大学)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト サービス産業生産性向上に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域II (第二期:2006~2010年度)
「サービス産業生産性向上に関する研究」プロジェクト

日本経済は2002年1月を谷として景気が回復し、2007年9月に山を迎えた。この景気回復は、経済成長率自体は低いものの、1965年~1970年における「いざなぎ景気」を超える69カ月の戦後最長の回復期間となった。この景気回復に伴い企業収益は回復した一方で、賃金が伸び悩み、格差問題がクローズアップされるようになった。景気回復期には通常観察されることではあるが、上記回復期間においても、労働分配率が低下した。2008年度の「経済財政白書」では、この労働分配率の低下は賃金の低下が主要因であると分析している。また、この賃金低迷の背景としては、グローバルな競争の下での企業の賃金抑制姿勢が顕著であったことを指摘している。

本稿では、1990年代および2000年代における日本の常用雇用労働者の賃金変化の要因分析を行った。

製造業の賃金は、バブル崩壊後の時期に当たる1993-1998年の期間には上昇、1998-2003年というアジア通貨危機からITバブル崩壊の時期にかけての期間、2003-2008年の日本経済が比較的堅調であった時期については大きな変化が観察されなかった。一方、サービス産業は、1993年以降一貫して賃金は下がり、1993-1998年は-3.0%低下、1998-2003年は-7.8%低下、2005-2009年は-7.9%の低下とその下落率も拡大した。1993-1998年の期間における賃金下落の最大の要因はサービス産業におけるパート労働者の増加である。1998-2003年の期間は、ほぼ全ての業種で、全ての属性の労働者の賃金水準が下落した。2003-2008年の期間は、製造業の賃金は下がらない中で、サービス産業では大きく下落している。この時期のサービス産業の賃金下落には、労働時間の減少が最も大きく影響し、次いで、パート労働者の増加が影響した。

「誰の賃金が下がったのか?」という疑問に対して一言で回答すると、国際的な価格競争に巻き込まれている製造業よりむしろ、サービス産業の賃金が下がった。また、サービス産業の中でも賃金が大きく下がっているのは、小売業、飲食サービス業、運輸業という国際競争にさらされていない産業であり、サービス産業の中でも、金融保険業、卸売業、情報通信業といたサービスの提供範囲が地理的制約を受けにくいサービス産業では賃金の下落幅が小さい。

なぜ、国際的競争にさらされる製造業よりサービス産業において賃金下落が見られるのか? 国際競争の激しい製造業では、生産性の低い工場や、資本装備率の低い工場、未熟練労働者の多い工場が退出し(乾・枝村・松浦;2011)、結果的に残存事業所の残存労働者の賃金が上昇した一方で、国際競争のないサービス産業は、このメカニズムが働かなかった可能性がある。実際、1990年代~2000年代にかけては、製造業の事業所数、従業者数は大幅に減少し、サービス産業のそれは横這いないしは増加していた。サービス産業の賃金を上昇させるためには労働生産性を上昇させる必要がある。そのために、企業内教育、規制緩和等のサービス産業の生産性を上昇させる政策を実施すべきである。

図:賃金変化(属性コントロール後)
図:賃金変化(属性コントロール後)

参考文献

  • 乾友彦・枝村一磨・松浦寿幸(2011), 「輸入競争と集積が雇用・工場閉鎖に及ぼす影響について」, 経済分析(内閣府経済社会総合研究所)第185号.