ノンテクニカルサマリー

感情が消費者態度に及ぼす影響についての予備的研究

執筆者 関沢 洋一 (上席研究員)
桑原 進 (内閣府経済社会総合研究所)
研究プロジェクト 人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「人的資本という観点から見たメンタルヘルスについての研究」プロジェクト

問題意識

心理学や脳科学において、感情が意思決定に及ぼす影響についての研究が近年盛んに行われている。意思決定についての従来の理論では、感情が意思決定に影響を及ぼすことはなく、感情は外部の出来事や意思決定を反映して受動的に生じるという考え方が主流だったが、近年の研究では、不安などの感情が存在するために、物事の見方が悲観的になったりリスクが高く評価されるという理論が出ている。こうした理論を支持する研究として、誘導によって一時的に不安感の高まった人々や、ふだんの不安の水準が高い人々(いわゆる心配性の人々)は、そうでない人々に比べて、さまざまな物事について、物事を悲観的に見たり、望ましくない出来事が起きる確率を高く見積もる傾向があることが明らかになっている。

この研究の問題意識は、感情が意思決定に及ぼす影響が経済についても当てはまるか、特に、不安の水準が高い人々は経済に関するリスク評価が悲観的なものとなり、その結果として消費や投資が減退するかというものである。

実験内容

上記の問題意識についての答えを出すための第一歩として、大学生に、不安の程度を計測する心理検査と、経済に対する消費者態度を示す質問票に同時に回答してもらうことにより、消費者態度と感情の関係を調べることにした。この心理検査は状態特性不安質問票(STAI: State-Trait Anxiety Inventory)というもので、心理学や精神医学でしばしば用いられる。経済に対する消費者態度を示す質問票は、内閣府の消費動向調査において毎月発表する消費者態度指数を算出するための4つの質問をそのまま用いており、それらは「暮らし向き」、「収入の増え方」、「雇用環境」、「耐久消費財の買い時判断」となっている(内閣府HP(http://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/shouhi/2011/1104chousahyou.pdf)を参照のこと)。これらの質問とそれらを合計した消費者態度指数では、数値が大きいほど消費者態度が良いと判断される。消費者態度指数は、内閣府の景気動向指数の先行系列に採用されており、景気転換点の予測に公的に用いられている。

実験結果

STAIでは、ふだんの不安の程度を表す特性不安と、今この瞬間の不安の程度を表す状態不安について、不安の程度が点数で示される。今回の実験では、特性不安の点数の高中低に応じて全体を3群(高群が最も特性不安の程度が高い群)に分けて比較することとした。その結果、高群において、「暮らし向き」「収入の増え方」「雇用環境」「消費者態度指数」で他の群に比べて消費者態度が悪い傾向があることがわかった(表)。相関関係についても調べたところ、特性不安の程度が高いほど消費者態度が悪い傾向があることがわかった(なお、うつ傾向や状態不安についても同様の実験を行っているので、本文を参照されたい)。

政策的インプリケーション

臨床心理学や精神医学の発展により、心理療法や運動などによって特性不安の数値を低下させることが可能になっているため、仮に特性不安が消費者態度に影響を及ぼすという因果関係があれば、こうした心理療法の技法を応用することによって、消費者態度を改善し、経済成長に結びつけることができるかもしれない。しかし、本研究では相関関係を明らかにしただけなので、更なる研究が必要である。

表:特性不安の点数が高中低の3群の消費者態度指数の平均値(2012年1月)
表:特性不安の点数が高中低の3群の消費者態度指数の平均値(2012年1月)
(注1)特性不安の点数が高いほどふだんの不安の程度が高くなる。それぞれの群の特性不安の平均値は、低群が37.09、中群が47.53、高群が59.34だった。
(注2)消費動向調査は内閣府発表資料の2012年1月実施分の原数値を使った。
(注3)消費者態度指数の各項目においては数値が大きいほど消費者態度は良いと判断される。