ノンテクニカルサマリー

日本企業の本社部門の立地について:本社移転の決定要因と生産性による選別

執筆者 松浦 寿幸 (慶應義塾大学産業研究所)
研究プロジェクト 我が国の企業間生産性格差の規定要因:ミクロデータを用いた実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「我が国の企業間生産性格差の規定要因:ミクロデータを用いた実証分析」プロジェクト

本研究は、日本の企業レベル・パネルデータを用いて、企業の本社の立地に注目し、どんな企業がどういった地域に立地するかを明らかにするものである。本社の立地、あるいは移転は、古くから議論されてきた問題であり、政策的にも、企業誘致にはどんな施策が有効であるかを検討する上で重要な研究課題である。本研究では、経済産業省『企業活動基本調査』からパネルデータを作成し、分析を行なっている。

まず、記述的な分析から、本社の立地は、東京・大阪に集中しているが、東京(南関東)、あるいは大阪(近畿)から転出している企業も少なくなく、すべての企業が東京(南関東)に集中してきているわけではないことが分かった。ただし、東京(南関東)からの転出は南関東域内、あるいは北関東や甲信越といった近隣地域への移転が多く、一方、長距離の本社移転では、大阪(近畿)から東京(南関東)への移転が多いことも分かった(表1参照)。

次に、どのような企業が本社を移転させるかをプロビット・モデルにより分析したところ、規模が大きく、比較的若い企業で移転確率が高く、製造業に限定した場合は、生産性の高い企業が移転していることも明らかとなった。さらに、移転企業がどのような地域を選択しているかに関する条件付きロジットモデルを推計し、移転先の決定要因を分析した。推計結果からは、市場規模が大きく、賃金の高い地域、金融業などのビジネス・サービス事業所の集積地、あるいは同業他社の本社集積が進んでいる地域が選択されることが分かった。さらに、海外子会社を持つ企業、企業の経営部門(CAO)を持つ企業、または、県境を超えて、あるいは地域を超えて移転する企業は、集積関連の変数の係数が大きく、また、新幹線駅へのアクセスが重要であることも示唆された。以上の結果において、市場規模や賃金に関しては東京が最も魅力的な立地先となるが、本社集積に関しては、産業によっては大阪や名古屋が依然として本社立地件数の多い集積地であり、本社立地を誘引する施策としては、いかに集積地の形成・維持を図るかという視点が重要となる。

また、地域要因と全要素生産性(TFP)との交差項を加えた推計結果からは、生産性の高い企業ほど、距離が離れた、賃金の高い地域を選択していることが明らかとなり、大都市中心部への移転でsortingが起こっていることが示唆される。なお、この結果は、CAOを有していない企業で顕著であることから、生産性の高い成長過程の企業がCAOを設置するような段階で、大都市の中心部に移転していることを反映したものと推測される。さらに、ここで得られた賃金水準とTFPの交差項がプラスの効果を持つという点は、生産性の高い企業は立地コストが高くても、高学歴人材が集積すると考えられる高賃金地域に移転すると解釈できる。

本研究から得られる政策含意としては以下のようなものが考えられる。まず、賃金水準とTFPの交差項の係数がプラスであるということは、賃金水準と地価などの立地コストが相関を持つことを踏まえると、生産性の高い企業は、立地コストのマイナスの効果よりも、高度人材の集積に魅力を感じて立地先を決定していると考えられる。地方政府では、企業を誘致するために、固定資産税の減税や立地補助金といった立地コストを引き下げるための施策を実施することがあるが、本研究の結果によると、こうした政策はあまり効果が期待できないと解釈できる。むしろ、高度人材の集積を促すなど、ソフト面での地域の魅力を高めるような政策が求められると考えられる。

表1:地域別の本社移転パターン(1995~2000年、2000年~2005年)
表1:地域別の本社移転パターン