ノンテクニカルサマリー

ビールと発泡酒の税率と経済厚生

執筆者 慶田 昌之 (立正大学)
研究プロジェクト 日本経済の課題と経済政策-需要・生産性・持続的成長-
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の課題と経済政策-需要・生産性・持続的成長-」プロジェクト

一般に課税は経済活動を歪め、その結果として経済厚生のロスを発生させる。そのため、望ましい課税水準として、経済厚生のロスを少なくする課税方法を検討しなければならない。このような検討にはどれだけロスを発生しているかという定量的な検討が不可欠である。

本研究では、このような望ましい課税水準の検討としてビールと発泡酒の課税について取り上げた。節税ビールである発泡酒は、品質が低いにもかかわらず課せられている税率が低いことによって需要が発生している可能性がある。その場合、もし同一の税率の下であったならば、価格優位性がないために需要がないこととなる。換言すれば、発泡酒は単に税率が低いという理由だけで商品として流通していることになるが、このような商品が生産されることは、どのような問題を引き起こしているのだろうか。

仮に現在の税率と異なる税率を想定し、その税率の下で、消費者はあるX円の支出を減らしても、同じ効用が得られる場合、現在の税率は、適切な税率と比較してX円のロスを発生させていると考えられる。つまり、消費者が効用を大きくするという観点からは、税率の変更によってより望ましい課税水準が実現できることを意味する。この"X円"は、ミクロ経済学の理論と詳細なデータを用いることで求めることができる。本研究では、データとしてPOSデータを用いて、この"X円"を計算した。

分析の結果、ビール系飲料として発泡酒が販売されていることで、現在の課税水準のもとでのロスである"X円"は、消費者全体で2400 億円程度の規模をもつと推定された。つまり、ビールと発泡酒の税制を望ましい状態にすることで、現在と同じ効用を得るのに人々は2400億円の節約ができることを意味する。そのため、ビール系飲料の税制を改正することには一定の意味があると考えられる。

また、1990年代初頭においては、酒税に含まれるビールに対する課税が過重であることが、発泡酒の開発を促進した面がある。図1は酒類の消費量を1993年から2009年の期間で図示したものである。酒類のアルコール度数を勘案せずにキロリットル単位で表示している。一方、図2は酒税額を酒類ごとに図示したものである。1994年におけるビール消費量の全体に占める割合は73%であるのに対し、酒税額は79%となっており、消費量でみてビールに対する課税が過重であったことがみてとれる。つまり、生産者のイノベーションを促進する観点も含めた経済厚生を最大化するためには、発泡酒のような税制上の恩恵を利用した商品が発生しないように税制を検討することが望ましい。

ただし、注意すべきことは、発泡酒が広まる以前は、発泡酒がビールと競合できるような商品になるとは考えられていなかったことである。つまり、予想もしない技術進歩によって発泡酒が誕生したことを忘れてはならない。したがって、すべての税制を検討したとしても、予想もしない技術進歩によって発泡酒のような税制を利用した商品が発生することを完全に避けることができない。そのため、簡素な税制にしておくことが、予想もしない技術進歩に対応する唯一の方法である可能性が高い。本研究から得られる政策的な示唆としては、課税水準の適正化とともに、複雑な税制を改め、簡素な税制にする価値を示したものと考えられる。

図1:酒類の消費量(単位:kl,『国税庁統計年報』より作成)
図1:酒類の消費量 (単位:kl,『国税庁統計年報』より作成)
図2:酒類の課税額(単位:百万円,『国税庁統計年報』より作成)
図2:酒類の課税額(単位:百万円,『国税庁統計年報』より作成)