ノンテクニカルサマリー

日本の財政赤字の維持可能性

執筆者 深尾 光洋 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 経済成長を損なわない財政再建策の検討
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「経済成長を損なわない財政再建策の検討」プロジェクト

金融市場と金融システムの安定性を維持するためには、巨額の残高となった日本国債の信用を維持するのが必要不可欠である。銀行の自己資本比率規制でも、国債の信用リスクはゼロとされているが、2012年春に発生したギリシャ政府による実質的なデフォルトやアイルランド、ポルトガル両国政府に対するEUとIMFによる財政支援は、先進国においても、国債の信用リスクが無視できないことを示している。

日本政府のグロス債務GDP比率は2011年末で233%(IMF見通し)と推定されており、財政危機に陥った166%のギリシャよりも遙かに高い水準にある。 負債から金融資産保有高を差し引いた純債務でみても日本は131%と、153%のギリシャに急速に近づきつつある。毎年の財政赤字も2011年には48兆円程度とGDP比10%に達したと推定され、きわめて高水準にある。仮に消費税を10ポイント引き上げて15%にしたとしても、税収増は24兆円程度であり赤字を半分に減らすのが精一杯である。このように日本の財政状態は、財政危機に陥って金融支援を受けた欧州周辺国以上に悪化している。しかし日本は、いくつかの点でギリシャとは異なっている。

図:主要国とギリシャの政府総債務・GDP比率
図:主要国とギリシャの政府総債務・GDP比率

まず通貨制度をみると、ギリシャは独自の通貨と中央銀行を持っていない。同国政府は、資金調達の最後の手段である中央銀行からの借り入れに頼ることができない。これに対し日本政府が財政危機に直面すれば、最後の手段として日銀法等の改正を行って日銀借り入れで支払いを続けることも可能である。これは、インフレを引き起こすリスクを伴うが、政府がデフォルトを避けるためであれば、実行される可能性はゼロではない。

国際収支の面でも、ギリシャと日本はかなり異なった状況にある。同国は経常収支の赤字が続いてきており、2010年までの10年間の累積経常収支は、ギリシャでGDP比111%(IMF統計、以下同じ)の赤字となっており、対外債務国である。また、その債務の大部分は独自の通貨ではなく共通通貨のユーロ建てである。これに対し日本は、同じ期間に28%の黒字を累積している対外債権国である。日本政府債務の大部分は国内で保有される円建て債務である。また日本は債権国であるため、仮に国内投資家が日本政府に対する信用リスクを考えて、保有資産の円を売って外貨を買っても、それによる円安で、外貨建て資産を持つ企業・家計や金融機関は利益を得られる立場にある。政府も外貨準備を1兆3000億ドル保有(2012年2月末現在)しているため、円安になれば相当の利益が得られる。

このようにギリシャと日本の状況には大きな違いがあるため、震災復興のための財政赤字拡大を考慮しても、近い将来に日本政府が現在のユーロ圏型の財政危機に陥る可能性は小さい。しかし、別の危機シナリオを考えることは可能である。具体的には、政府が政府債務の累増を放置し続け、国民が政府に対する信頼を無くす場合である。日本の家計部門は財産の相当部分を銀行預金や生命保険などで保有しているが、銀行や保険会社は、その資金を貸出や国債への投資などで運用している。このため、政府に対する信用が低下すると、銀行預金や貯蓄性の保険に対する信用も低下し、家計は銀行預金から株式、不動産、外国の国債や外国銀行の預金などに資金をシフトし始める。すると銀行は預金の流出を不安に思い、国債の買入に消極的になる。これは長期国債金利を上昇させる。国債金利の上昇は、政府の利払い負担増を招くため、政府に対する信用がさらに低下して、預金の流出がさらに拡大する。また、外貨への資金シフトは円安を招く。小幅の円安であれば、景気の拡大に繋がるため問題はないが、大幅な円安になると、物価の上昇要因になる。物価上昇は固定金利の運用を不利にするので国債価格を下落させ長期金利を押し上げる。

現在は、日本だけでなく米国やEUも財政赤字に苦しんでいるため、円から外貨への大規模な資金シフトは発生しにくいだろう。しかし米国やEUが財政健全化に成功すると、円から外貨への資金シフトが拡大し、国債金利の上昇要因になり得る。このため、将来着実な赤字削減ができるという見通しを打ち出せなければ、「日本政府」の信用は低下していく。日本政府に対する信頼を維持して長期金利を低位に維持するためには、政府債務の着実な削減のめどを示すことが必須となるだろう。

本稿では、日本経済をマクロ的な観点からとらえ、日本の長期的な潜在成長率の低下、長期化するデフレの実態、政府債務と利払い負担などの現状を概観する。政府債務のGDP比率を安定化させて、財政に対する信頼性を取り戻すためには、現在民主党が提案している消費税の5%引き上げでは大幅に税収が不足しており、少なくとも消費税で20%引き上げに相当する50兆円程度の歳出削減ないし増税が必要であることを示す。また金利低下による利払い負担の減少が一巡したため、今後は負債の増加に伴って利払い負担が急増する見通しであることを指摘する。政府債務が巨額になってしまった現在では、デフレからの脱却は政府の利払い負担を急増させることで政府信用を悪化させかねないことも説明する。

図:一般政府利払いGDP比率の将来予想
図:一般政府利払いGDP比率の将来予想