ノンテクニカルサマリー

無形資産投資における資金制約

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)

問題意識

近年、経済成長に対する「無形資産」の役割についての関心が高まっており、内外で関連する研究が進展している。RIETIでも産業・企業レベルでの無形資産の計測やそれと生産性との関係についての実証研究が進められている(「日本における無形資産の研究」プロジェクト)。これらの研究を通じて、マクロ経済成長や企業パフォーマンスに対する無形資産の寄与が明らかにされてきた。他方、日本のサービス産業において無形資産投資が不十分なことを示す分析結果もある。

企業にとって無形資産投資の収益率が高いにもかかわらず無形資産投資が過小だとすれば何故なのか、言い換えれば、無形資産投資においていかなる「市場の失敗」が存在するのかというのが本稿の基本的な問題意識である。こうした問題意識の下、無形資産投資における資金制約について、「企業活動基本調査」のパネルデータを用いて実証分析を行った。

結果の要点

生産関数および投資関数の推計結果の要点は次の通りである。(1)製造業と比べて情報通信業、サービス業、流通業といった非製造業において、無形資産の付加価値への寄与度が大きい。(2)設備投資(有形資産投資)と比較して、無形資産投資はキャッシュフロー(内部資金)に対する感応度が高い。このことは、無形資産投資の資金調達において情報の非対称性や流通市場の欠如等に起因する資金制約という「市場の失敗」が存在することを示唆している。(3)製造業と非製造業を比較すると、非製造業において無形資産投資のキャッシュフロー感応度が高い。また、一般に強い資金制約に直面している可能性が高いと考えられる中小企業や企業年齢の若い企業において、大企業や成熟企業に比べて無形資産投資のキャッシュフロー感応度が高い。

政策的インプリケーション

無形資産投資に係る金融市場の失敗の存在を示す本稿の分析結果は、無形資産への過小投資を補正する上で、金融や税制を通じた政策的支援が社会的に望ましいことを示唆している。特に、中小企業や企業年齢の若い企業に対してそうした政策の必要性が高い。現実の投資支援政策は、研究開発を別とすれば有形の設備に着目した制度が大きな部分を占めているが、無形資産投資に着目した政策のウエイトを引き上げるなどのリバランスを行うことが望ましい。一方、現実問題として無形資産投資の評価が実務上困難であることに鑑みると、有形資産投資に対する租税特別措置を縮減する一方で法人税率を引き下げることが、結果として有形資産と無形資産への政策的誘因のバランスを改善する効果を持つかも知れない。また、市場の失敗自体を直接に補正するという意味では、(1)金融機関の審査能力の改善、(2)知的財産を含む無形資産の流通市場の整備・拡充を通じた無形資産の市場性の向上は望ましい政策である。

図:有形資産/無形資産投資のキャッシュフローに対する感応度
図:有形資産/無形資産投資のキャッシュフローに対する感応度
(注)投資関数の固定効果推計の結果に基づき、キャッシュフロー1標準偏差が各投資に及ぼす効果(%)を図示。推計期間は2006~2009年度。