ノンテクニカルサマリー

企業の教育訓練の決定要因とその効果に関する実証分析

執筆者 権 赫旭 (ファカルティフェロー)
金 榮愨 (専修大学)
牧野 達冶 (一橋大学)
研究プロジェクト サービス産業生産性向上に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域II (第二期:2006~2010年度)
「サービス産業生産性向上に関する研究」プロジェクト

Hayashi and Prescott (2002)と深尾・宮川 (2008)は、労働投入の減少と生産性の伸び率の低下が日本経済の長期低迷の最も重要な要因であることを指摘した。労働投入は労働投入量(マンアワー)と労働の質から構成されるが、マンアワーの成長が期待できない現在の経済状況で、労働の質の向上は非常に重要な意味を持つ。マクロで見た労働投入、マンアワー、労働の質の推移を示した図表を見ると、1990年代前半を境にマンアワーが著しく減少している一方、労働の質は全期間で堅調に推移していることが分かる。少子高齢化が容易に回避できない状況で、労働が経済の供給サイドの足かせとならないためには、いかにして労働の質を高めていくかということは非常に重要な課題であることは言うまでもない。

図表:労働投入の推移(マクロ、2000年=1)
図表:労働投入の推移(マクロ、2000年=1)

労働の質を高めるためには、学校教育だけではなく、企業内の教育訓練の強化が必要である。長期間の景気低迷によって、日本企業は厳しい経費削減が求められて、企業の教育訓練投資が減少しているといわれている。このような企業の教育訓練投資の減少は、企業の生産性や競争力を低下させるのみだけではなく、日本経済全体の成長率を低下させる可能性が高い。

このような問題意識の下で、本稿は、『能力開発基本調査』の個票データを用いて、どのような事業所が労働者に対する教育訓練を実施しているのか、また、労働者に対する教育訓練と事業所の生産性の関係について分析した。

得られた分析の結果をまとめると、以下のとおりである。
(1)事業所が属する企業規模が大きいほど、あるいは、事業所規模が大きいほど、また、事業所の相対的な労働生産性が高いほど、教育訓練に取り組む確率が高くなることを確認した。
(2)正社員への計画的なOJTを実施する事業所ほど、また、正社員へのOffJTを社内で行う事業所ほど、事業所の相対的な労働生産性が高くなる傾向があることを確認した。
(3)社外で行われる教育訓練や非正社員を対象にする教育訓練と、生産性の間には統計的に有意な関係が見られなかった。

これらの分析結果は、日本経済の潜在成長率を高めるためには、企業内の教育訓練投資を増加させ、無形資産の1つである企業特殊的な人的資本の蓄積を促す必要があることを示唆する。従って、労働者個人に対する教育訓練の支援よりも、企業内の教育訓練を実施している企業への政策的支援を強化すべきである。