執筆者 | 宇南山 卓 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 日本経済の課題と経済政策-需要・生産性・持続的成長- |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の課題と経済政策-需要・生産性・持続的成長-」プロジェクト
本研究では、東日本大震災を契機に恒久制度として導入されることが検討されている「みなし仮設住宅」の有効性・問題点について検討した。みなし仮設住宅とは、プレハブの応急仮設住宅に代わり、自治体が借り上げて被災者に供与される民間住宅のことである。大規模な災害が発生すると、災害救助法に基づき応急仮設住宅が供与されるが、現行法の下では原則として被災地にプレハブ住宅を建設することになっている。被災者に住宅を供与することは、復興・復旧の第一歩であり、マスコミ報道などでは、迅速かつ大量に建設することが望ましいと考えられている。
しかし、災害の実情から判断すると、プレハブ供与による現行制度は必ずしも有効な被災者支援策ではない。ここでは、阪神・淡路大震災の経験に基づき、現行制度を評価した。プレハブとはいえ新規の建築物の建設には一定の時間がかかる。大量に建設するための用地を確保することは困難であり、画一的な間取りでは被災者の多様な住宅ニーズに対応できない。さらに、入居地域や入居の優先順位など、被災者間の利害調整に費やされる行政コストは莫大である。それに対し、家賃補助のような形態では、市場で被災者自身が新しい住宅を調達することを支援することになる。そうした分散的意思決定によって、大量かつ多様な被災者を迅速に収容することが可能である。
もちろん、市場で住宅を調達させるためには、被災者が利用可能な住宅ストックが十分に用意されている必要がある。少なくとも、阪神・淡路大震災のケースでは、被災者を収容するだけの遊休住宅ストックは市場に存在した。震災後に再建が必要とされた住宅が12.5万戸であるのに対し、被災した市町村内に10数万戸、隣接する市町村には20万以上の空き家があった(下の表参照)。つまり、現金を支給して、自分で選択した空き家に入居することを支援すれば、プレハブの応急仮設住宅を経ずに通常の住宅に被災者を収容できたのである。
現在の弾力運用されている「みなし仮設」では、被災者が「被災者名義で契約したもの」も応急仮設住宅とみなされており、家賃補助方式はすでに実施されている。この東日本大震災の経験から、現金支給に変更することの課題も明らかになった。その1つが、供与希望者の増加である。実質的な家賃補助を認める通知が出るまでは7万2000戸とされていた必要戸数が、最終的には11万9000戸まで拡大している。これは、現物のプレハブ住宅での供与と比べて経済的支援としての側面が強いため、従来では支援対象とならなかった世帯まで受給していると考えられる。恒久化にあたっては、最も支援を必要とする被災者に資源を集中させるためにも、所得水準や資産水準に基づく支給制限を厳格に適用せざるを得ないだろう。適切な支給制限の枠組みを設計するために、現状のみなし仮設利用者とプレハブ住宅入居者の比較を可能とするような実態調査が必須である。
現金で支給すること自体は、適切な支給制限の制度設計ができれば、有効かつ効率的な被災者支援策となる。ただし、居住地の条件を課さない現金支給策では、被災者が被災地を離れることが容易になる。この移動の自由は被災「者」にとって望ましいが、被災「地」にとっては負担になるというトレードオフが存在している。1つには、団地形式の従来型の応急仮設住宅と比べ、被災者が分散居住するため、自治体業務が混乱する可能性である。自治体の範囲を超えて被災者が移動すれば、状況把握が困難になり、支援事業を含めた被災自治体の業務が滞ってしまう。この問題には、被災者の情報が一元的に管理できるようなシステムの構築が必要であろう。
もう1つの課題として、被災者の自由な住所選択が、被災地域の人口を減少させる効果がある。被災地から被災者が流出することは、復興の促進という観点からは望ましい現象ではない。対応策としては、被災地にとどまることを条件とした現金支給などが考えられるが、転出を希望する被災者にとっては負担となる。このトレードオフは、制度設計では解決が困難であり、被災者の支援と被災地の復興のバランスを議論する必要がある。