ノンテクニカルサマリー

電子商取引は雇用を増加させるのか:『事業所企業統計調査』個票データに基づく実証分析

執筆者 権 赫旭 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト サービス産業生産性向上に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域II (第二期:2006~2010年度)
「サービス産業生産性向上に関する研究」プロジェクト

技術進歩が雇用に与える効果に関しては、経済学において重要な問題として考えられてきた。特に、マクロ経済学の分野において、技術進歩と雇用の関係に関しては、実物的景気循環理論(Real Business Cycle Theory)とニュー・ケインジアン経済学(New Keynesian Economics)の間に有名な論争がある。実物的景気循環理論は技術進歩による生産性上昇は雇用と産出を同時に増加させると主張する一方で、ニュー・ケインジアン経済学は生産性の上昇が起きた場合に、生産性が低い時期に比べて少ない要素投入で同じ産出が得られるが、価格硬直性により需要が変わらないために、雇用は減少するという立場を取っている。技術進歩と雇用の関係に関する実証研究が日本においても多く行われてきた。日本のマクロデータを用いた研究では、プラスの技術ショックがあった時に総労働時間は増加する実物的景気循環理論モデルの予想通りの結果を既存研究は得ている。しかし、マクロレベルのデータではなく、日本の四半期の産業レベルのパネル・データを用いた研究では、正の純粋な技術ショックに対して、付加価値は上昇するが、労働投入量は減少するニュー・ケインジアン経済学の予想と整合的であることが示されている。これはマクロレベルのデータを用いた実証結果とは異なる結果である。

また、日本の3桁の産業レベルのデータを利用した研究は、生産性の上昇が雇用に与える効果が産業によって異なることを示している。製造業においては実物的景気循環理論が妥当であるが、非製造業においてはニュー・ケインジアン経済学がより整合的であることが発見されている。これは技術進歩のスピードだけではなく、技術進歩が雇用に与える効果も産業の属性に大きく依存していることが考察される。このような結果は技術進歩と雇用の関係がマクロレベルの実証分析でみられるような直線的な関係にあるのではなく、技術進歩によるショックが雇用にどのような効果を与えるのかは、技術進歩の性質、製品市場の競争度、需要の価格弾力性、所得不平等度、需要の所得弾力性、産業間の連関などのさまざまな要因に影響を受ける可能性を強く示唆している。

上記の既存研究結果を踏まえてみると、技術が雇用に与えるメカニズムをより深く理解するためには、異質性が大きい企業レベルにおいて、どのような企業が新しい技術を導入し、新しい技術の導入はどのような企業の雇用を増加させているのかを分析することは非常に重要な研究課題である。ところが、新たな技術の導入と雇用成長率の関係を企業レベルのデータを用いて分析している研究はほとんど存在しない。

本稿は、『事業所・企業統計調査』の個票データを用いて、新たな技術である電子商取引の導入が企業の雇用成長率に与える効果について分析することを目的とする。

分析の結果は、以下のとおりである。
(1)商業とサービス業のような非製造業において、新しく電子商取引を導入している企業が大部分の雇用を創出している(下図参照)。
(2)大企業、外資系企業や多国籍企業ほど、電子商取引の技術の導入確率が高かった。
(3)企業規模、企業年齢、所有構造などの企業属性と産業ダミーで産業属性をコントロールして行った回帰分析から、電子商取引を行う企業の雇用成長率が電子商取引を行っていない企業に比べて有意に高かった。

図:電子商取引利用有無別に見た存続企業による雇用の純増減数:2001‐2006年
図:電子商取引利用有無別に見た存続企業による雇用の純増減数

以上の分析結果から得られる政策的含意と限界点は以下のようにまとめられよう。
(1)雇用を増加させるためには、電子商取引のような新技術を積極的に導入する必要がある。
(2)電子商取引のような情報化は、商業やサービス産業のような非製造業において、多くの雇用を生み出しているため、非製造業における情報化を促進する政策を実施すべきである。

情報化によるスキル労働者(Skilled Labor)への需要増と非スキル労働者(Unskilled Labor)への需要減の現象や、それによる格差の問題に関しては検証できておらず、留意の必要がある。