ノンテクニカルサマリー

ストックオプションと生産性

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
研究プロジェクト サービス産業生産性向上に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「サービス産業生産性向上に関する研究」プロジェクト

問題意識

ストックオプションは、所有と経営の分離に起因するエージェンシー問題の軽減、経営者のリスクテーキングの増進、役員・従業員のインセンティブ向上といったさまざまな効果を持つことが期待されてきた。日本では商法改正によって1997年から本格的に利用が可能になり、その後、累次にわたり制度改正が行われてきた。この間、経済産業省(90年代は通商産業省)は、ベンチャー企業の創業と成長の支援等の観点から、ストックオプション制度の解禁とその利便性の改善に力を入れてきた。その結果、ストックオプション採用企業は2000年代半ばまで増加を続けたが、その後は横ばいないし微減で推移している。

本稿では、「企業活動基本調査」のパネルデータを使用し、ストックオプションの採用と生産性(全要素生産性(TFP)および労働生産性)の関係について実証的に分析する。また、ストックオプションが経営者のリスクテーク行動に及ぼす効果について、リスクの高い投資の代表である研究開発投資とストックオプションの関係を、一般の設備投資と比較しつつ分析する。

分析結果のポイント

本稿の分析結果の要点は次の通りである。(1)企業特性やストックオプションの内生性を考慮した上で、ストックオプション採用はTFPを5%~8%、労働生産性を5%~10%高くするという関係がある。(2)ストックオプション導入年の前後を比較すると、ストックオプション導入前の生産性上昇率は必ずしも非導入企業と比べて高くないが、ストックオプション導入後に生産性が上昇し、導入後の経過年数とともに生産性は高まっていく。(3)ストックオプション採用後に研究開発集約度(研究開発投資/売上高)が高まる傾向が見られる。このような関係は一般の設備投資では観察されない。

図:ストックオプションの採用と生産性
図:ストックオプションの採用と生産性
(注)固定効果推計。企業規模、年ダミーをコントロール。縦軸は生産性水準(対数)。

インプリケーション

過去の研究によれば、ストックオプションを含む最適なインセンティブ報酬の水準は企業によって異なり、個々の企業の最適な選択の結果としてストックオプションの採否が規定される。このことは、企業パフォーマンスと無関係になることを含意している。これに対して、日本企業においてストックオプション採用が生産性に対して正の効果を持っているという本稿の分析結果は、1997年以前には原則として不可能であったストックオプションが解禁されたことに伴い、そうしたインセンティブの利用が望ましい企業が積極的にこれを採用したことが理由として考えられる。たとえば、日本企業の経営者や役員が過度にリスク回避的であったとすれば、それら企業ではハイリスク・ハイリターンの投資を促すような報酬体系を採用することが望ましい効果を持つ。

商法改正、ストックオプション税制の導入といった過去十数年間のコーポレート・ガバナンスに関連する制度改革の取り組みは、経営者のリスクテーキングや生産性上昇インセンティブとして一定の機能を果たしてきたと評価できる。