ノンテクニカルサマリー

日本企業のインド戦略

執筆者 近藤 正規 (国際基督教大学)
研究プロジェクト アジアにおけるビジネス・人材戦略研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「アジアにおけるビジネス・人材戦略研究」プロジェクト

インド市場への関心の高まりとともに、現地に進出する日本企業の数も1000社に及び、今後ともますます投資や貿易の拡大が予想されている。しかし、日本企業のインドにおける成功例はまだ限られており、一方で失敗した事例は報道されないことが少なくない。日系企業のインドにおけるビジネス上の難しさとしては、これまではインフラの未整備や官僚制の問題が主な要因として上げられてきたが、最近では他社との厳しい競争による販売先の確保の難しさが、第1に挙げられている(図)。つまり、出遅れた日系企業が現地で販売実績を上げられていない問題が明らかとなってきている。

他方、インドにおける韓国企業の成功がより明らかになるにつれ、日系企業の間でも遅ればせながらその対印戦略を見直し、巻き返しに出る動きも高まっている。こうした背景において、日本企業がインドで成功していくためには何をすべきか、今後に向けて提言を行うことが、本研究の趣旨である。

研究に当たっては、インドにおける日系および非日系企業を訪問し、成功のための要因を分析した。その結果、大規模な初期投資、投資におけるパートナーとの良好な関係の構築、迅速な意思決定、現地化の徹底、大規模な広告宣伝活動、現地の事業管理における文化的な理解、人的資源の育成という7つの要因が重要であることが確認できた。

第1に、成功している企業は初期の段階から中途半端でない本格投資を行っている。韓国のLGや現代自動車は、進出時点でインドを戦略的な拠点としてとらえ、大きな投資を行ったことがその後の成功につながった。

第2に、投資におけるパートナーとの良好な関係の構築が重要である。スズキの合弁相手マルチは設立時に優秀な人材を合弁事業に送り込み、また両者の間で問題が起きた場合には裁判に持ち込んでも関係を改善した。トヨタとその合弁相手キルロスカとの間の信頼関係は、その後のトヨタの出資比率引き上げを可能とした。

第3に、迅速な意思決定が必要である。インドでは、日系企業は決断が遅すぎるという意見が多く聞かれる。これに比べて、韓国企業は役員クラスをインドに送り込んで迅速な決断を現地で下し、日系企業に大きな差をつけた。

第4に、現地化の重要性について強調しておく必要がある。米国系企業は現地のトップに最優秀なインド人を採用し、現地で全世界に向けた研究開発(R&D)を行っている。韓国系企業は、現地の事情に合った製品を開発して、特に白物家電において市場占有率を高めることに成功した。これに対し、出遅れの感があった日系企業も最近では、現地の事業にあった家電製品を市場に投入して巻き返しを図っているが、今後ますますの現地化が望まれる。

第5に、大規模な広告宣伝活動の効果も強調すべきである。韓国企業の家電分野における成功要因の1つに、インド進出時に本社が広告経費を持って積極的な宣伝を行い、ブランド・イメージを確立させたことがある。これに倣って、最近では日系企業もインドの俳優やクリケットの選手を用いた広告戦略でキャッチアップを図っている。

第6に、現地の事業管理における文化的な理解も重要である。日系企業の中でも最も成功していると考えられているスズキも、最近は従業員による暴動事件に見舞われ、その本当の原因がまだ掴めずにいる。他方、英系のヒンドゥスタン・ユニリーバのような企業は、完全にインドの地場企業として現地に溶け込んでおり、BOPビジネスを拡大している。

第7に人的資源の育成が重要である。米国系企業は、インドにおいて最優秀な人材を米国本社の幹部候補として採用しているが、日系企業もそこまではできないまでも、インドで採用した人材を日本やインド以外の諸外国へ派遣する試みを始めつつある。

最後に、遅れ気味であったデリー・ムンバイ間産業大動脈(DMIC)構想も少しずつ動き出し、日印経済連携協定(EPA)も韓印経済連携協定より遅れること1年8カ月、2011年8月にようやく発効した。現時点ではこのEPAは「心理的効果」の方がむしろ大きいかもしれないが、ASEAN諸国とインドのEPAも念頭に置きつつ、今後に向けた日印EPAの戦略的な活用が有効であることは言うまでもない。また、日系企業専用のニムラナ工業団地は、日本政府による民間企業の進出支援の大きな成功例といえる。今後に向けて、DMICやEPAを戦略的にどう活用をしていくかなど、官民一体となって情報を共有しつつ戦略を立てていくことが重要なことは言うまでもない。

図:インドにおける日系企業の投資上の障壁
図:インドにおける日系企業の投資上の障壁
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出所:国際協力銀行「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」(2011年12月)