ノンテクニカルサマリー

中高年の主観的健康度の日欧比較:JSTARとSHAREによる検証

執筆者 藤井 麻由 (一橋大学)
小塩 隆士 (一橋大学)
清水谷 諭 (コンサルティングフェロー)
研究プロジェクト 社会保障問題の包括的解決をめざして:高齢化の新しい経済学
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「社会保障問題の包括的解決をめざして:高齢化の新しい経済学」プロジェクト

1.主観的健康状態と中高年の健康の国際比較

日本人の寿命が、世界的にみてもトップレベルに属することはよく知られている。健康状態という点からみてもそういえるのか。残念ながら、日本人の健康の国際的地位を比較可能なデータによって明らかにしようという試みは十分に行われてきたとは言い難い。本稿では、世界標準の中高年パネルデータであるJSTAR(くらしと健康の調査)と大陸ヨーロッパで行われているSHARE(Survey on Health, Aging and Retirement in Europe)を利用して、中高年の健康状態の日欧比較を行った。

個人の健康全般を示す指標として頻繁に利用されているのは、主観的健康状態である。これは自分の健康状態を5段階で評価するもので、多くの調査で頻繁に利用されている。この指標は、健康の多面的な側面を1つのインデックスとして表せる点で非常に簡便である。また、データを容易に低コストで入手できるという利点に加え、健康の諸側面、たとえばその後の死亡率と密接な相関関係があることが繰り返し多くの研究で実証されてきている。

その一方で、主観的健康状態は、そのまさに主観的な性格から、異なる人間や国家の間、あるいは異時点間では比較できないとの指摘が従来からなされてきている。たとえば、健康に非常に敏感な人は、風邪を引いただけで健康状態はよくないと答えるかもしれないし、健康に強い自信のある人は、重い病気にかかっても、健康状態はよいと答えるかもしれない。つまり自己の健康状態の評価において「尺度」が異なるので、主観的健康状態は、そのままでは比較できないという指摘である。

2.「尺度」の調整と国際比較

主観的健康状態を額面通りに受け取り、国際比較を行った結果が図1である。これによると、「よい」「まあよい」と答えた比率の合計は、日本を含めた11カ国のうちでデンマークが最も高く、スペインが最も低い。日本は第1回調査、第2回調査とも11カ国中3位である。しかしこの結果は健康状態の国際比較としてそのまま受け取ることはできない。デンマーク人は大げさに、スペイン人は控えめに答える傾向がそもそも強いからかもしれない。そうした「そもそも」の傾向を調整しないと、本当の傾向を見誤ることになる。

こうした「尺度」を調整するために、本稿では次のような方法を取った。主観的健康状態(5段階)を19個の「客観的」な健康指標(15種類の病気の有病率、うつの治療の有無、標準範囲以外のBMI、実測した握力(データがない場合はそのグループで1つのダミーを割り当てる))に回帰する。その際、国ごと並びにSHAREとJSTARの調査回ごとで閾値(たとえば「まあよい」から「よい」に移るポイント)が異なる可能性があることを制御し、あくまでも「客観的」な健康指標の違いだけを反映するような健康指標を、回帰分析をもとにした予測値として計算する。この予測値を利用することによって、国ごとあるいは調査回ごとで閾値がどのように異なるか、また、仮にすべての国と調査年で閾値が同じだった場合、「修正された」主観的健康状態の分布がどのようになるかを計算することができる。

まず、国別の閾値の違いを調査回ごとに見たのが図3である。実際にデンマーク人は健康状態をよい方向に答える閾値が低い(つまり健康状態をよりよく申告する傾向が強くなる)が、逆にドイツ人は閾値が高い(つまり健康状態をよりよく申告する傾向が弱くなる)ことがわかる。日本人は第1回調査で見る限り、真ん中くらいである(第2回調査ではむしろデンマークに近い)。

次に、「修正された」主観的健康状態の分布を見たのが図4である。これによると、やはり日本人の健康状態は、スイスとともに1位ないし2位となり、「尺度」を調整すれば、大陸ヨーロッパの国に比べてよいという結果になる。図1のような単純な集計と比べて、国のランクもかなり入れ替わっていることがわかる。それぞれの国が過大・過小申告している度合いを調査回ごとに示すのが図5である。この図によると、いずれの調査回でも、デンマーク人やスウェーデン人は健康状態を過大申告しがちであること、日本とスイス以外の国は過小申告しがちであることがわかる。日本とスイスは他の国に比べると、過大・過小申告の度合いが小さい。

なお、本稿では、2回の調査の間における健康状態の推移が、主観的健康状態を用いた場合と「修正された」主観的健康状態を用いた場合でどのように異なるかについて、国レベルと個人レベルで分析している。これは先行研究にはない本稿の貢献といえるし、特に個人レベルの分析は、JSTARやSHAREが世界標準で質問内容も統一されているというだけでなく、パネル調査で同一主体を追いかけているからこそ可能となったものである。国レベルの分析結果は図6に示されている。多くの国では、「修正された」主観的健康状態で測定した場合には、1回目と2回目の違いは大きくない。更に、個人レベルは、2回の調査を比較すると、客観的な健康指標では改善しているにもかかわらず、主観的健康度は悪化しているケース(あるいはその逆のケース)も10%程度みられる。そうした「矛盾回答」には、年齢や教育水準あるいは国によって違いがあることも明らかになっている。

3.まとめ

本稿では、主観的健康状態に着目して中高年の健康の日欧比較を行った。急速な高齢化が進む現在、国際比較を通して、日本の中高年の現状を健康のみならず多面的に明らかにし、日本の経験を世界に発信していくことは、課題先進国としての日本の責務でもある。JSTARは、諸外国の同じ「家族」調査とともに、そうした中高年の国際比較のプラットフォームとして不可欠な公共財を提供している。本稿はその1つの例を示したものだが、今後多くの研究がJSTARを利用して国際比較分析に取り組まれることを願ってやまない。