ノンテクニカルサマリー

自己中心的社会的ネットワークデータを用いる新たな回帰分析モデル:日本における政治政党選好の分析

執筆者 山口 一男 (客員研究員)
研究プロジェクト SNSを用いたネットワークの経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究プロジェクト (第三期:2011~2015年度)
「SNSを用いたネットワークの経済分析」プロジェクト

わが国の経済分析で社会的ネットワークの影響を考慮した分析は増えつつあるが、自己中心的ネットワーク(エゴセントリック・ネットワーク)のデータを用いた分析は皆無である。米国では自己中心的ネットワークと職探しの効率性の関係についてのスタンフォード大学マーク・グラノベッター社会学教授の研究やシカゴ大学経営大学院ロナルド・バート教授の企業の自己中心的ネットワークと企業のパフォーマンスの関係の研究などがよく知られている。

自己中心的ネットワークデータとは標本調査の調査対象者や対象企業のそれぞれに対し、指定する基準での繋がりのある他者(あるいは他企業)についての情報、繋がりの特性(人的関係の場合は繋がりの強さ、関係継続年数、交流の頻度など、また企業関係の場合は人事交流の程度や取引の相互依存度など)の情報、また調査対象者と繋がりのある他者同士が直接繋がりを持っているかどうかの情報をあわせたものをいう(具体的な調査の質問項目の例については2003年日本版総合社会調査の関連部分をディスカッション・ペーパーの付録に添付しているのでそれを参照のこと)。

自己中心的ネットワークのデータを用いた分析の1つに繋がりのある者(企業)との相互の影響の分析がある。一般に企業の例でいえば、在宅勤務制度があるか否か、海外取引をしているか否か、女性役員がいるかいないかなど企業行動や企業制度の特性について、また人の例でいえば選挙で誰に投票したか、特定の政策を支持するか否かなど、社会的態度や社会行動の特性について、繋がりのある者同士の特性が、無い者同士に比べて類似していると考えられる。この類似性の原因には(1)似たもの同士が結びつきやすく、また関係を維持しやすいことの結果、(2)関係する者が、結果に影響する共有の社会環境に影響されて類似性が生まれる結果、(3)一方が他方に、あるいは双方が共に、影響し合って類似を生むことの結果、が混在する。(1)は社会学では「自己選択(self-selection)」によるバイアスと呼び、影響とは因果関係がない。たとえば高齢者は保守政党支持傾向が強く、若者は革新政党支持傾向が大きい。一方高齢者は高齢者、若者は若者と繋がりが出来やすい。この2つの傾向が合わさると、友人同士の支持政党は他人同士より類似するという結果をもたらす。(2)はたとえば同じ会社の同僚同士や、同一地域の住民同士は、会社や地域の規範に共に影響されて社会的態度や行動が似てくる場合などであり、社会的影響の結果ではあるが2者間の影響とは因果的に異なり、相互の影響を見る上では、共有社会環境によるバイアスと見なされる。一方(3)は2者間の因果的影響を意味し、この場合2者関係のどういう特質が影響の強さに関連するかなど、さらなるメカニズムの解明が重要となる。

繋がりのある者同士の影響の分析には類似性について上記の(1)と(2)によるバイアスを取り除く必要があるが、このためには結果に対する個人属性や共有社会環境の影響を制御したうえで、繋がりのある者同士の結果の類似性の原因を分析する必要がある。今回の研究ではこのような繋がりのある他者との相互影響の程度とその決定要因を、個人属性や共有社会環境の結果への影響を制御して明らかに出来る新たな回帰分析手法を開発している。この統計モデルは一回調査(横断的調査)への応用の場合には、観察できる(調査変数で計測できる)個人属性や社会環境属性による類似性へのバイアスしか除去できないが、パネル調査(追跡調査)データがあれば、時間的に無変化の観察できない個人属性や社会環境属性による類似性のバイアスも除去出来る。

今回の応用では、わが国では未だ自己中心的ネットワークを調べた企業調査がなく、日本版総合社会調査(JGSS)の2003年度調査では個人を単位とした自己中心的ネットワークのデータを収集しているので、それを用いた。JGSSは日本全国の無作為標本に基づく標本調査である。説明される結果の変数としては自民党支持か否かの別を用いた。当時は小泉政権下で自民党支持率は31.5%、第2党の民主党支持率は10.6%で、41.0%が支持政党は特にないと答えている。調査では調査対象者の支持政党と、繋がりのある「重要な他者」の支持政党をあわせて聞いているが、ここで「重要な他者」とは調査対象者が「重要なことや、悩みを相談する人」を意味する。分析は2人以上の繋がりのある重要な他者を持ち年齢20-79才の男女のデータを用いている。

開発した分析方法を用いて(1)どのような個人属性や自己中心的ネットワークの特性が調査対象者の自民党支持率を高めるのかに加え、(2)調査対象者と繋がりのある他者との支持政党の類似性(「共に自民党支持者であるか、共に自民党支持者でない」傾向が「一方が自民党支持者で他方が自民党支持者でない」傾向より大きくなる程度)について、観察される自己選択や共有社会環境による類似性を制御して、何がどのぐらい影響するかを分析した。結果は下の通りである。

まず自己中心的ネットワーク属性については、(1)繋がりのある重要な他者が多い者ほど、(2)重要な他者同士もお互いに直接結びつきがあるというような「局所密度」の高い結びつきを持つ者ほど、また(3)既婚者について相談相手としての重要な他者に配偶者が入らない者ほど、性別、年齢、教育、居住地(大都市・小都市・町村の別)などの影響を制御して、自民党支持傾向が大きいことが分かった。つまり自民党支持者は一方でより豊かで強固な自己中心的ネットワークを持つ一方、配偶者がそのネットワークに入らないという傾向が大きい。ちなみに2人以上の重要な他者を指定した既婚者のうち22%が配偶者をその中に入れていない。また個人属性については、年齢の若いほど、また大卒であればそうでない場合に比べ、自民党支持率が下がることが判明した。

また繋がりのある重要な他者との政党支持の類似性への影響については、(1)平均的に自民党支持か否かの一致度が非常に高いことに加え、(2)その相手との対話に「政治家や選挙・政治が話題」になる場合はならない場合に比べ、また(3)配偶関係であればそうでない重要な他者との関係に比べ、より一層支持政党一致度が増し、一方その相手との親しさの程度、つきあいの年数、対話の頻度などはいずれも類似度に影響を及ぼさないことが判明した。また繋がりのある他者との自己選択などによる見かけ上の類似度のバイアスは23%程度であることが分かった。

以上のように今回の分析は個人を単位としたものだが、企業行動や企業内制度が結びつきの有る企業間だと無い企業間に比べどの程度類似し、また類似度に影響を与える要因は何かの分析は、結びつきを通じた企業行動や企業制度の伝播の分析に有力である。また、このような分析は既存の企業標本調査に自己中心的ネットワーク調査項目を追加するのみで可能となる。今後の企業調査などの調査設計への参考とされたい。