ノンテクニカルサマリー

将来自動車の費用便益分析

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「大震災後の環境・エネルギー・資源戦略に関わる経済分析」プロジェクト

新しい産業政策

気候変動問題への対策として、我が国の運輸部門においてはハイブリッド自動車(HV)や電気自動車(EV)、燃料電池自動車(FCV)など、これまでのガソリン自動車に比べてCO₂の排出を削減する可能性のある次世代自動車の中長期的な普及が課題となっている。政府は2020年までの目標値として、これらの自動車が国内の新車販売に占める比率を「最大50%」とし、高い数値を掲げている。普及に関する課題として購入費用の低下とインフラの整備が挙げられる。

本稿における分析

(基本的な枠組み)

本稿では、費用便益分析を用いて、EVとFCVの2つの車種を対象に、ガソリン自動車からの乗り換えが進んだ場合に必要となるコストと得られる便益を比較することで、EVとFCVの普及に関する適当なパスについて検証する。その際、CO₂価格、ガソリン価格、EV(FCV)の購入費用について感度分析を行い、これら3つの要因について中長期的な変動を考慮した比較を行う。普及目標台数はどちらも500万台とし、500万台に到達する年数を10年、50年、100年の3つのシナリオで分析する。EVとFCVに関するデータは大手自動車組立会社へのヒアリング調査から得られたデータを使用する。

(分析の前提)

分析においては、以下の諸点を前提とした。

コストについては、乗り換えにかかる購入費用と走行費用およびインフラ整備費用を用いる。便益については乗り換えによって削減可能となるCO₂排出量とNOx排出量およびガソリン消費量を用いる。

EVに関しては、電気ステーションに設置された急速充電器でバッテリの充電を行うことを想定し、FCVに関しては、水素ステーションで燃料となる水素の補充を行うことを想定する。

水素の製造に関しては、水素精製所において原子力発電所の余剰電力を用いて電気分解を行い、得られた水素をタンクローリで水素ステーションまで輸送する場合を仮定する。

(分析結果の要点)

分析結果の要点は次の通りである。(1)ガソリン価格やCO₂価格の上昇に伴いEVやFCVに乗り換えることによる社会的な便益は向上する。(2)特にEVに関しては、中長期的に普及をすすめることで社会的な便益がコストを上回る可能性が高い。(3)ただし、ガソリン価格やCO₂価格が現状の価格水準に留まるのであれば、自動車の購入費用が低下した場合でも、普及による社会的な便益はコストを下回る。

表1:EVの普及に関する費用便益分析結果(表の値は便益を費用で割った値)
表1:EVの普及に関する費用便益分析結果
(注)赤い数値は便益がコストを上回ったケースを示している。
表2:FCVの普及に関する費用便益分析結果
表2:FCVの普及に関する費用便益分析結果

インプリケーション

中国やインドなどの人口の多いアジア諸国の経済発展は、温室効果ガスの排出量を増加させ、石油をはじめとした資源価格を高騰させる要因となりうる。そうした場合、我が国において次世代自動車、とりわけEVの普及は、中長期的に望ましい政策であると言える。

ただし、本稿においてEVを充電するための電源構成は東日本大震災前の状態を仮定していた。今後、原子力発電所が稼動せず、火力発電の割合が上昇していくことが予想されるのであれば、EVの普及におけるCO₂の削減効果が減少し、充電コストの上昇によって維持管理費が高まる可能性がある。その場合、本研究で示したEVの普及に関する妥当性は低下せざるを得ない。エネルギー政策を論じる上では産業に与える影響を多岐にわたって検証し、中長期的な視点に立って決定する必要がある。