執筆者 |
David CASHIN (University of Michigan) 宇南山 卓 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 日本経済の課題と経済政策-需要・生産性・持続的成長- |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の課題と経済政策-需要・生産性・持続的成長-」プロジェクト
本稿では、消費税引き上げ前後の駆け込み需要の大きさの決定要因を明らかにした。家計調査のミクロデータを用いて、1997年4月の消費税引き上げの際の駆け込み需要の大きさは、世帯属性によって異なることを示された。駆け込み需要の大きさが異なれば、短期的に回避できる消費税負担も異なるため、所得分配に影響を与える。消費税が家計に与える影響を正確に把握するためにも、駆け込み需要の大きさの決定要因を明らかにすることは重要である。
駆け込み需要が発生するのは、消費者は耐久財や備蓄可能財の在庫を増やすことで、物価上昇後に購入した場合に適用される高い税率を回避しようとするからである。一方で、備蓄することができない非耐久財については、消費税の引き上げによって物価上昇が予測されたとしてもほとんど変化しない。これを実証的に示したのが図1(DPのTable 2から作成)である。家計調査の品目ベースのデータに立ち戻り、消費税の課税対象品目を耐久財・備蓄可能財・備蓄不可能な非耐久財に分類し、消費税引き上げ前後の支出水準を示している。引き上げ直前の3月に耐久財は平年と比べて25%、備蓄可能財は10%の大幅な支出増加が観察されているが、備蓄不可能な非耐久財はほとんど変化していない。
消費支出全体の駆け込み需要の大きさが世帯属性によって異なるのは、耐久財を一時に大量に購入したり、さまざまな財を備蓄したりするには、無視できない調整コストがかかるためである。パソコン・テレビ・冷蔵庫のような耐久財を購入するには、基本性能について情報収集をし、商品の評価・選定をし、さらに安く購入するために複数の店舗を比較するなど、多くの時間が必要となる。また、財を備蓄するにも追加的なスペースが必要になる。こうした購買行動にかかるコストは、家計の属性によって非対称的である。自由な時間が相対的に少ない世帯では、物価の上昇が予想できても、耐久財をまとめて購入することは困難である。また、スペースに余裕のない世帯では、備蓄可能財を買い置きしておくことが困難である。実際の耐久財に対する駆け込み需要の大きさを示したものが、図2(DPのTable 3・4から作成)である。「世帯主が60歳以上の無職世帯」すなわち引退世代の1997年3月の耐久財への支出は41%増加しているのに対し、世帯主が60歳未満の有業者で配偶者も就業している「共働き世帯」では16%に過ぎない。また、住居の面積が小さい世帯では備蓄可能財の支出の増加が小さかったことも確認されている。
これは、相対的に狭い家に住み時間的な制約の多い現役世代は、駆け込み購入による消費税の負担回避が困難であることを示している。言い換えれば、消費税の引き上げは、少なくとも短期的には、現役世代により大きな税負担を強いる効果がある。これから消費税率が引き上げられる可能性は高いが、急激な税率の引き上げはより大きな駆け込み需要と反動減を引き起こし、意図されない再分配効果を生み出す。消費の変動を抑え、時間的・スペース的に余裕のない世帯に不公平とならないようにするためには、税率を段階的に引き上げることが望ましい。