ノンテクニカルサマリー

絹の糸―「失われた20年」の地域金融と地域経済

執筆者 マッティアス=ホフマン (チューリッヒ大学)
大久保 敏弘 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト グローバル化と災害リスク下で成長を持続する日本の経済空間構造とサプライチェーンに関する研究
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバル化と災害リスク下で成長を持続する日本の経済空間構造とサプライチェーンに関する研究」プロジェクト

日本経済はバブル崩壊後、この20年長く低迷を続けている。しかし、この日本経済の低迷は地域間で大きく様相を異にする。本論文ではこの低迷の違いを地域経済と地域金融の構造の違いから分析し、さらにその要因が日本の近代化における産業構造の地域間での違い(とくに一大輸出産業だった製糸業の発達)と関連していることを解明した。日本の過去の産業・貿易構造、地域金融の構造にヒステリシスや経路依存性があり、時を経て今日の地域経済に影響しているともいえる。

まず、本論文では今日の不況を2つの視点から分析した。地域金融の構造と中小企業である。地域の金融構造であるが、都市銀行と地方銀行、信用金庫などの地域金融、公的金融機関とさまざまな金融形態があり、地域間で金融機関の構造や構成は大きく異なる。都市銀行の多い地域では金融市場が他地域と統合されているが、信用金庫など地域金融の発達した地域では狭い地域内で資金需要と供給で金融市場が完結する傾向にあり、他地域から隔離しており地域間で大きな差異がある。一方、中小企業は銀行をはじめとする金融機関から多くの融資を必要としており、地域の金融構造に大きく依存する。とくに信用金庫など中小企業向け金融の発達した地域では中小企業を育成するため、中小企業の比率は地域間とは大きく異なる。

次にバブル崩壊後の不況との関連を分析した。バブル崩壊後、中小企業が多く、かつ都市銀行も地域金融も充実していない地域では、崩壊後の低迷はもっとも深く長く続いた。中小企業が多く信用金庫など地域金融が発展している地域でも、やはり深く長く続いている。一方、都市銀行が多く、中小企業が少ない地域(地価の下落の激しかった大都市部を除く)では、低迷は比較的短く、回復している。

さらにこの結果はGDP成長率との関係からも、明らかである。下の2つの都道府県地図はバブル崩壊後のGDP成長率(右の地図)と金融市場統合の度合(FI)(都市銀行の融資比率)と中小企業の占める割合(SME)(左の地図)を色分けしており、上記の結果は明白である。

これらの結果から、地方の細分化され隔離された金融市場を都市・地方銀行を通じて、どう市場統合していくか、また、さまざまな在来の地域金融をどう再編していくか、は非常に重要な課題である。具体的には地域間での銀行間リスクシェアは、景気循環の地域間の相違を小さくし、中小企業への適切な融資を高め、バブル崩壊からの地域経済を回復させるうえで非常に重要である。

しかし注意しなければならないのは、地域金融と中小企業比率とGDP成長率との間には内生性の問題がある。このため本論文の後半ではこの金融構造の違いを歴史的に解明した。日本の近代化において、製糸業は日本の一大輸出産業であり、養蚕業との関連もあり、立地が限定され原材料立地の典型でもあった。特に器械製糸は地域金融の発達を促した。その後、日本の産業構造は大きく変わったものの、基盤となる地域金融や地域信用の強さはその地域に今も残り、現在の信用金庫などに受け継がれ、地域経済の基盤金融となっている。さらに今日の不況の地域的な違いにもつながっている。言い換えれば、日本の地域経済の低迷はヒステリシスや経路依存にあるともいえる。

最後に政策的なインプリケーションを提起したい。2011年3月に起こった東日本大震災で被災した地域では、今後も長く低迷が続くだろう。1日も早い復興に向けて、地域経済を活性化するうえで、中小企業への適切かつ円滑な融資と地域金融のあり方は非常に重要な課題である。信用金庫をはじめとする地域金融は長い地域信用の歴史を持ち、地域密着の強み、顧客情報を十分持っている。この強みを生かしつつ、都市・地方銀行の資金力を導入して、復興に一丸となって取り組む必要があるだろう。

図:都道府県別の中小企業比率、金融市場の統合、GDP成長率
図:都道府県別の中小企業比率、金融市場の統合、GDP成長率